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ビートルズってロシア人? Episode 4

c2e6f605.gif 当時学級委員だった僕は、卑怯なようだが、とっさに自分の身の危険を感じた。この鼻の穴が先生にぼこぼこにされようが、そんなの知ったことではない。自業自得というものだ(当時の僕は、もちろんこんな四字熟語は知らなかったが)。
 しかし、当時の担任には、何かあると「監督不行届き」ということで、学級委員だった僕も随分と殴られたものだ。
「『かんとくふいきとどき』って何?」と思いながら、訳もわからずに殴られていた僕は、素直だったのか、単なる無知だったのか。

 いずれにせよ、先生の鉄拳覚悟でLPを4枚も持ち込んだ鼻の穴の周りは、たちまち黒山の人だかりとなった。彼の勇気に敬意を表する者。「ほらほら、見つかったら殴られるぞぉ~、こいつ」と鉄拳制裁を楽しみにする者。

 理由はさまざまだが、学級委員だった僕は「大村!『かんとくふいきとどき』だ!」と意味のわからないことばとともに自分まで殴られるのではと、もう心臓がばくばく。まったく、この鼻の穴、余計なことをしてくれる。

 仕方がないので、僕はドア越しに先生が突然入ってこないかどうか見張りをしていたら、誰かが叫んだ。

「これビートルズじゃん!」(うっ・・・)

「へー、ビートルズってこんな顔してるんだ」(何?ど、どんな顔?)

「へー、ビートルズって四人組なんだ」(四人組?ひょっとして外国版フォーリーブス?)

「え?あのOb-La-Di,Ob-La-Daの?私にもそのLP見せて」(お、俺だって見たい!)

 誘惑に負けた僕は、見張りをやめてみんなの輪の中に入ろうとしたが、ビートルズのLPを見てひとしきり血と涙のフォークダンスの猛特訓に思いを馳せて盛り上がっていた彼らは、すでに方々に散っていた。『いけてるダンサーズ』は、かくも飽きっぽいのだ。

 命がけでLPを持ち込んだ鼻の穴も、ヒーローでいられたのはほんの数十秒。「危険物を校内に持ち込んだ単なる馬鹿」に成り下がった彼の周りには静寂が訪れていた。

 いや、1人、鼻の穴から離れない者がいる。彼は、喧燥が去るのを待ちわびていたかのように声を発した。

「へぇー、赤と青じゃん。お前どっちを大村に聞かせるつもり?」

「もちろん青だよ。」

「いやー。初めての人には赤の方がいいよ。」

「いや。ビートルズのホントの凄さは青じゃなきゃ分かんないよ。」

 ところで、「赤」や「青」がワインの話でないことは、ビートルマニアなら容易に察しがつくに違いない(ん?ワインは赤と白か)。当時は、ビートルズの前期の代表曲を集めた『The Beatles 1962-1966』と、後期の代表曲を集めた『The Beatles 1967-1970』の2枚のアルバムがビートルマニアへの登竜門とされており、それぞれジャケットの色から「赤」「青」と呼ばれていた。

 そこで質問。ビートルマニアのみなさん。あなたがもし中学1年生にビートルズを初体験させるとするならば、どちらのアルバムを推薦するであろうか?まぁ、99.99%が「赤」と答えるであろう。先に「青」を薦めるなど、食前に食後酒を薦めるようなもの。これがレストランなら、たちまち一つ星である。

 しかし、その時の僕は、鼻の穴が残りの0.01%に属する一つ星人間であり、そのために、またもやビートルマニアになり損ねようとは知る由もなかった。

 鼻の穴の剣幕が余りにすごいので、僕たちは「赤」ではなく「青」を試聴することになった。威勢のよさを基準に選んだら、一つ星レストランに当たってしまったのだ。本物の高級レストランは、決して威勢などよくないのに・・・。

 夕方、レコードをターンテーブルに乗せるときに、鼻の穴を極限にまで広げて言った彼のセリフを、僕はそっくりそのまま記憶している。
「こっちのレコードの方が後から作られたんだから音楽的に完成度が高いんだ」

 しかし、すぐに流れてきたStrawberry Fields Foreverのけだるいイントロが、部活動で疲れ果てた体に妙に心地よい。

「ごめん、俺には完成度が高すぎるようだ」

そう心の中でつぶやきながら、僕は深い眠りに陥る方を迷わず選択した。

 僕が目を覚ましたのは、鼻の穴が「赤」と「青」を抱えて帰宅した後であった。料理が客の口に合わないときに、悪いのは客の口であろうか、はたまた料理であろうか。一つ星レストランのシェフは、別の料理、すなわち「赤」を薦めることもなく職場を放棄してしまった。

 「先日の『シュッ ボンボンボボボーン タタタタタタタタタタ』という曲といい、今日の曲といい、ビートルズの曲って暗いんだな。俺はやっぱり、ピンクレディー一筋で行こう!浮気してごめんよぉ~、ミーちゃん!」

 ビートルズがイギリス人であることを知って、また、Please Please MeやShe Loves Youがビートルズの曲であることを知って、ビートルマニアへの扉に手をかけていながら、しかしその扉を開けることができない僕。そう、鼻の穴の度重なる絶妙なる妨害のおかげで・・・。

 しかし、そんな僕も、ついにその扉を開ける鍵を手に入れることとなるのだが、それはまたのお話。