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ビートルズってロシア人? Episode 5

e7758aa9.jpg 「たら・れば」で歴史を考察するほど愚かなことはない。

 仮に、「もし1956年6月15日、ウールトン教会のパーティーでJohnとPaulの2人が出会わずにいたら、その後の人類の音楽は、いや人類の文化はどのような歴史をたどっていたであろうか?」と頭を悩ましてみたところで、その努力は徒労に終わるだろう。

 なぜなら、あの日あの場所で2人が出会うことは、偶然でもなんでもなく、運命であり、書き直しのきかないシナリオであるからだ。そう、この世にはこうした粋なシナリオを書く演出家のような者が存在しているのではないか。僕は時々そう思う。

 では、僕と僕の友人である例の鼻の穴の人生を演出しているのは? これはどうやら、とんだ三文作家であると思われる。

 それこそ、起承転結の「結」から話を始めるような僕たちのシナリオライターの演出のおかげで、僕はビートルズが「最後」にレコーディングした『Abbey Road』を「最初」に聞かされ(発売日としては『Let It Be』が最後だが、最後にレコーディングされたアルバムは『Abbey Road』である)、その次には、「初期」の傑作選の「赤」ではなく、「後期」の傑作選の「青」を聞かされ、まさしくシナリオライターの思惑通り、完膚なきまでにビートルズに対する興味を失う結果とあいなった。

 「青」のすとろべりーなんたらでクロロホルムよろしく深い眠りに陥ってしまった僕は、今だに彼が本当に「そのまま」帰宅したのか、実を言うと胸騒ぎを禁じ得ない。彼もそろそろ「あっち」の方の本能も芽生え始めている年頃である。目の前でいたいけな美少年が甘い吐息(じゃなくて寝息)を立てているときに、例のごとく鼻の穴をおっぴろげて、僕の愛らしい寝顔を鼻息荒く覗き込んでいたのではないかと考えると・・・。よそう・・・。虚しい・・・。

 てな訳で、ビートルズの存在自体は忘却の彼方の僕ではあったが、その後もしばらくオンエアーされ続けていたフィルムコンサートのCMのおかげでShe Loves You を口ずさむことだけは日課となっていた。

 CMが継続していたということは、つまりは、チケットが売れ残っていたことを意味するのだが、まさかその後自分がそのフィルムコンサートを観にいくことになろうとは。ホントに人生ってドラマチック。

 しかし、それにしても中学1年生の英語のヒアリング力などお粗末なものである。

 ある日教室で、「ろっくんいぇーいいぇーいいぇー(実際は「She loves you yea! yea! yea!」)と日課をこなしていたら、「お?お前ビートルズが好きか?」と背後から声がした。社会科が専門の僕の担任、そう、「大村!『かんとくふいきとどき』だ!」と意味のわからないことばとともにすぐに僕に手を上げる例の教師であった。

 JohnとPaulはパーティーが開かれる教会で出会った。そして、僕と教師は授業が開かれる教室で出会った。ちょっと無理があるが、この2つの出会いを偶然で片付けるには、少しばかり惜しい気がする。

 なぜなら、これこそ僕にとってはいわゆる「三度目の正直」、ビートルマニアへの鍵を手に入れた極めて歴史的な瞬間であったからだ。

 順序は狂ったが、「結転承起」の「起」がやって来た。