実るほど、頭を垂れる稲穂かな
昨年12月25日に録画しておいたNHKスペシャルをコクーンで見る。
生命の歴史は淘汰と進化。強き生物は、進化する必要がないため、自分たちの時代を謳歌する。しかし、急激な環境の変化に適応できずに滅亡していった。逆に、弱き生物は、海から河に逃げ込み、薄い酸素の中、肺という機能を持つにいたり、障害物だらけの川底で生きるために手足の原型のようなものを持ち、さらに、陸に上がったら、少ない食べ物を正確に視認するために目が変化を遂げた。
こうして、弱いからこそ、進化という方法で生き延びてきたごくごくわずかな生命の子孫が我々人間である。ということは、進化の必要性を感じていない人間には未来がない。いずれは、自滅・絶滅というシナリオが描かれている。
そう言われても、その頃、当然にして自分はすでに死んでいるので、ピンと来ないところもあるが、「おごれる者は久しからず」。
地球の歴史、生命の歴史というとんでもない壮大な歴史でも、人間のたった80年の歴史でも、企業のたった30年の歴史でも、このことだけは真理のようだ。
実るほど、頭を垂れる稲穂かな。
