「言論の自由」って何?
ボクたちには言論・表現の自由がある。これは言うまでもない。しかし、度を越せば、「名誉毀損」「侮辱」に該当し、法の裁きを受ける羽目になる。これも当然である。また、発せられた言葉が事実と違い、かつ、その結果、不利益を被る個人・企業が存在すれば「営業妨害」にもなる。
ただ、法律うんぬん以前に、当たり前すぎるくらい当たり前のことが、昨今、忘れられているような気がする。それは、自由、すなわち権利がある以上、それと等しく重たい義務もある、ということだ。しかし、この義務の概念を若年層を中心に希薄にさせているものがある。そう、インターネットである。
ボクが言いたいのは、「白」だと思った人が、「黒」だと思っている人に「それは白だ」と主張するときに、最低限のマナーとして、自分の身元を明かすべきである、ということだ。ましてや、それが、相手の人格否定にまで及ぶ時には、義務を果たさない人に権利を行使する資格はないように思える。
しかし、インターネットの登場によって秘匿性に守られている事に快感を覚えてしまった一部の人が、その快感に身を委ねて、自分の姿はすっぽりと隠しながら、公人を批判する事ができるようになってしまった。
個人情報保護法で、個人の権利は以前にも増して強く保護されるようになったが、インターネットの普及によってさまざまな権利を侵害されている公人の保護の強化の議論が聞かれないのは残念でならない。
幸い、ボクは公人ではないので、「対岸の火事」的に傍観できるが、インターネットの掲示板でひどい書き込みをされて涙を流す友人を見ていて、インターネットって、このままの姿で本当にいいのだろうか、と心が痛んだ。
昔、あるポップスグループの曲が収録されたカセットテープを、男が恋人に「これがボクの君に対する気持ちだよ」と渡したら、女性が自殺してしまったという事件があった。曲の歌詞は抽象的で、「君が好き」とも「君を嫌い」とも解釈できる微妙なものだった。
「好き」のつもりで渡した男は悲嘆に暮れた。
言葉は、人を生かすことも殺すこともできる道具である。
その道具が、秘匿性に完全に保護されてしまっていいのだろうか。
-------------------------------------------------------
さて、重たい話題はここまで。軽いクイズで締めましょう。
6分間と8分間の砂時計があります。これで、10分間を計ってください。
答えは次回のブログで。お分かりの方はトラバでどうぞ!
-------------------------------------------------------
このBlog、今の順位は? (ちなみに前回の順位は 40位 でした)
