厄落とし
元女流棋士の林葉直子さんと、物凄く久しぶりに麻布の隠れ家に行った。
「姉さん」ことそこのオーナーは、ガーゼでぐるぐる巻きにされたボクの耳を見て驚いたので、このあたりの話をする。
すると、
「あと1ヶ月早かったら、そのガーゼ姿でテレビに出なければいけなかったってことよね。ていうか、それじゃ、テレビのトーク番組には出られないわよ。それに、また次の話が来ているんでしょう。
結局、あなたは今年怪我をする運命にあったのよ。それが、テレビの収録と収録の合間、ガーゼを巻いていても誰にも迷惑をかけない時期に怪我をするなんてラッキーじゃない。
これで厄落としは済んだわね。もっと頑張りなさい」
と言ってくれた。
実際、顔のかすり傷一つで、決まっていた化粧品のCMを降ろされ、それがケチの付き始めで、人気が凋落してしまった女優もいると、芸能界の隅々まで知り尽くしている姉さんは言う。
結局は、何でもそうだが、気の持ちようなのだ。
この世に悲しい出来事も嬉しい出来事もない。
出来事に対して、それを「悲しい」と感じるか、「嬉しい」と感じるか。
それだけの違いである。
「雨が憂鬱」という人がいるが、その雨を喜んでいる人がどこかにいるのだ。
憂鬱なのは「雨」ではなく「心」なのである。
よく、「願えば叶う」というと、「そんなはずはない」と斜に構える人がいるが、「そんなはずはない」と思うから、「そんなはずはない」世界が実現しているのである。
怪我を見て、「ラッキー」「厄落とし」と思う。
そう思える人だから、姉さんは芸能界のマネージメントで頭角を現し、レストランの経営にも成功しているのである。
彼女の成功は偶然ではない
