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信念と執着は違いますよね

亡祖父の霊を迎えるために、昨晩から帰省しています。

今日は、迎え火でした。

まず、お墓で新聞紙と「木の切れ端」で火をおこし、その後、亡祖父の家で再び火をおこします。

まだまだ健在な祖母を囲んで、親戚一同で食事をしました。
目には見えませんが、祖父もその場で一緒に食事をしたのでしょうか。

さて、その食事のときの会話。

ボクのおふくろが、迎え火用の「木の切れ端」を買ったら180円もしたと、ずっと文句を言っています。

「金持ちは金が好きか」と言われたら、確かに「好き」だと思います。
でも、彼らは、金に「執着」はしていません。

自分のおふくろのことをブログに書くのは心苦しいのですが、「執着」とは、私のおふくろのような精神状態を言うのではないでしょうか?

せっかくの親戚揃って、いや、祖父が一年に一度、この世に戻って来て、みんなで楽しく食事をしているときに、ずっと、

「こんな木の切れ端が180円」

と文句を言っているのです。

実際、原価は10円もしないでしょう。

しかし、確かにボクの実家は両親ともに年金暮らしで裕福ではありませんが、180円のために明日飢え死にするほどの貧乏でもありません。

大切なのは、祖父の霊を迎えて、みんなで食卓を囲むことです。
そのための「お盆」なのです。

それに、180円に執着しているのに、その日頼んだ出前の料理の値段はその100倍もするんです。
だったら、180円のことなど忘れて、料理を楽しむほうがはるかに建設的です。

そうなのです。
「信念」は「建設的」なのですが、「執着」は「非建設的」なのです。

ボクも、なにせ、そのおふくろの血を受け継いでいますので(笑)、執着しがちな欠点があります。

「気をつけないとな~」

そう思わされた夜でした。

ブログに書いてしまってごめん!>おふくろ(笑)

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