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2005年12月25日

知恵力を付けたい!

ボクは、人生において成功する秘訣は「知識」ではなく「知恵」だと思っています。

このことは、『人生は数式で考えるとうまくいく』でも書きましたが、ギターの本を読んでもギターが上手になるわけではありません。そこでインプットした「知識」に練習、すなわち「体験」をつまなければ上達はしません。

これは、人生も仕事も同じだと思っています。

と、つい先日、面白い話を聞きました。

数年前に超能力者のユリゲラーが、「ポケットモンスター」というゲームのポケモン「ユンゲラー」に自分のイメージを盗用されたとして、任天堂に約100億円の損害賠償を求める裁判を起こしたことは知っていましたが、正直、あまり興味はなかったので、その後の顛末も知りませんでした。

ところが、この裁判の任天堂側の弁護士が洒落ています。

「ユンゲラーは超能力でスプーンを曲げることができます。もし、あなたがこのキャラが自分の盗用だと主張するなら、今ここで超能力でスプーンを曲げてください」

そう言われたユリゲラーは打つ手なし・・・(笑)

六法全書を丸暗記しただけの弁護士に言えるセリフではありませんね。
相当な「経験」を積んだ、「知恵」のある弁護士だと感心してしまいました。

自分も、もっともっと「知恵」を付けたい。
そう思った瞬間でした。

特に、テレビはとっさにどれだけ洒落たことが言えるかで、相手の反応や現場のスタッフの反応、最終的にはお茶の間の反応が変わるメディアですので、「知恵を付けたい」ではなくて、「知恵を付ける」を自分の課題に、来年も頑張りたいと思います。

(って、こんなことを書くと、このブログも今年はこれで終わりのようですが、終わりかもしれませんし、ネタがあればまだ書くかもしれません(^^ゞ

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「IT その扉の向こうに」 1月11日水曜日 夜7:00~8:30
tvk神奈川  東京MX  ちばテレビ  テレビ埼玉

ITが導く近未来の暮らしとは?     ナビゲーター:大村あつし

2005年12月21日

宣伝会議の編集会議

今日は、宣伝会議の編集会議の編集長にお会いしました。

・・・って、ややこしいですよね。

「宣伝会議」は会社の名前。
『編集会議』は雑誌の名前です(笑)

2005年12月20日

ちょっと失礼なのでは・・・

今日は、友人と「おひょいさん」こと藤村俊二さん経営のワインバー「Ohyoi's」に行きました。

そして、ボクとおひょいさんが話をしている時に“事件”は起きました。

小太りの中年男性が、若い女性を2人連れてきて、彼女たちに「ほら、おひょいさんだよ」と言ったのが聞こえたので、ボクもおひょいさんもその声の方向を見たら、彼女たちの絶叫が・・・

「あー!おひょういさんだ!」
「本物?ねえ、本物?」

・・・って、本物に決まっています(^_^;)

噂によると、みのもんたは、「朝ズバ用みのもんた」「おもいっきりテレビ用みのもんた」「ゴールデン枠用みのもんた」と3人いるどころか、最近では、その3人もすべて偽者で、六本木の高級クラブで飲み明かしている「本物」がいるとか、「おもいっきりテレビ」をラーメンをすすりながら、みのもんたが見ていた、なんて目撃情報も出るくらいですが(もちろん冗談です(笑)、こちらのケースでは、誰がどう見たっておひょいさんです。

「本物?ねえ、本物?」

はないんじゃないでしょうか・・・

というよりも、そうした反応をする女性を連れてきて自分の交友範囲を自慢している男性に嫌悪感を覚えました。

せっかくの楽しい会話も台無しです・・・_| ̄|○

2005年12月19日

静岡新聞の取材

昨日に続いて「おふくろの味」ネタになってしまいますが、朝は焼き魚と目玉焼きと味噌汁。

この数週間、毎日、前の晩にコンビニで買っておいたおむすびかサンドイッチで一日が始まる生活を送っていたボクにとっては、再び、「おふくろの味」を堪能、と言ったところでしょうか。
味噌汁が胃に心地よく染み渡りました。

午前中は、祖父のお墓参り。

そして、午後からは地元の静岡新聞の取材を受けました。
記者が拙書、『人生は数式で考えるとうまくいく』をご存じで、地元の別の新聞の報道でその著者が静岡県出身であることを知り、

・なぜベストセラーになったのか?
・なぜこの本を書いたのか?

をどうしても知りたくなった、ということでした。

2時間に及ぶ取材を終えて、そのまま東京に戻り、夜は友人と会食。

のんびりと1日が始まり、慌しく1日が終わりました。

2005年12月18日

おふくろの味

今日は、明日の取材のために、夜、帰省しました。

こんな事を言うのもなんですが、ボクの母は決して料理が得意ではありません。

ただ、この日は、今まで、何の感慨もなく食べていた母の料理が、なぜか、とても懐かしく感じました。

上京して1年半が過ぎたから?

いえいえ。
この数週間、ほとんど毎晩、コンビニ弁当だったからだと思います(苦笑)

近所には3軒のコンビニがあり、自分なりに飽きないように工夫していたつもりですが、あれだけ忙しくて友人と外食もできずに、毎日コンビニ弁当だったら、飽きて当然ですね(^_^;)

両親には、12月17日に自分としてはとんでもなく大きなテレビの収録をしたこと、放映日は新春1月11日のゴールデンタイムで、静岡でも見られることを話しました。

父は、今から楽しみで仕方がない様子でしたが、母はまたいつものリアクション。

「ちゃんと話せたの?」
「ゲストやスタッフに失礼はなかった?」
「私、見ないからね。録画はするから、お父さんに出来を聞いてから、いいようなら見るから」

こんな心配性の母から、なぜボクが生まれたのでしょう(笑)

ちなみに、ボクは父親似ではなく、100%母の血を受け継いだのではないかというくらいの母親似です。

顔もそうですが、片付けが嫌いとか共通点は山ほどあります。

でも、この「心配性」という点だけは似ませんでしたね。

「あー、自分は親父の血も引いているんだ」と感じた瞬間でした。

2005年12月17日

ボクは幸せ者!

今日、自分の人生で、今後も二度とないであろう体験をしました。

2006年1月11日に放映される新春特番『IT その扉の向こうに』(ゴールデンタイム枠、90分、放映テレビ局=テレビ神奈川、MXTV(東京)、ちばテレビ、テレビ埼玉)の収録を、なんと一日でやりました。

この番組でのボクの役割は、ゲストではなくパーソナリティーです。
各界から4人の“賢者”をお呼びして、お一人お一人、ITとのこれまでの関わり、ITの最前線、そして、“ITのその扉の向こう”について語っていただきました。

スタジオ入りは9時。
メークを済ませ、なんと、前日の夜に前泊していた横浜のホテルに届いたFAXを見ながら、懸命に台本を暗記します。

そして、10時から、お一人目の方と楽屋でご挨拶と軽い打ち合わせ。

ゲストがメークをしている間に、広いスタジオでただ一人、冒頭の語りを収録します。

その後、約1時間半に渡って、台本はありますが、フリートークを交えながら対談。

昼食を挟んで、午後に3人と同様に対談。

クライママックスは全員との対談が終わった夜9時。

大スタジオにいるのは、ボクとカメラクルーや音声などの20名のスタッフだけ。

真っ暗な中、ボクだけにスポットライトが当てられます。

目の前には3台のカメラ。

緊張のピークです。

対談は別段緊張もしませんでしたが、あの雰囲気で緊張するな、というのが無理な話です。

そうですね・・・
イメージ的には、古畑任三郎の冒頭のシーンを思い浮かべていただければいいと思います。
もちろん、田村正和さんとボクでは天と地ほどの差があるわけですが(^_^;)

もう、何度もNGを出して、スタジオの雰囲気も徐々に硬くなってきます。
上にいるディレクターの声が、現場ディレクターの無線を通して聞こえてきます。

「一発録りはよそう。ブロックに切って」

こんな具合に、テレビの放映ではたったの2分程度の語り(冒頭と最後)の収録に1時間を要しました。
これまた、イメージ的には、「ガイアの夜明け」の冒頭と最後を思い浮かべていただければいいでしょう。

前の晩にホテルで台本を覚えたはずなのに・・・
セリフが出てこない・・・

しかし、MCの経験など何もないボクですが、一日に4人との対談をこなしました。
あの佐藤しのぶさんでさえ、「1日、3人が限界。へとへとになる」と言っていました。
紅白の大舞台を4回も踏み、ましてや、アシスタントが隣にいても、しのぶさんは、「対談番組は3人が限界」と言うのです。

でも、ボクはやりました!
\(^o^)/\(T_T)/\(^o^)/\(T_T)/\(^o^)/\(T_T)/
4人との対談を1日で、アシスタントもなく1人で収録し終えたのです。

これは、もう、とてつもなく大きな財産です。
正直、もう怖いものはありません。
これで、今後、ボクが萎縮してしまってまったく話せなくなるとしたら・・・
ポールマッカートニーとの対談くらいだと思います
(実現するはずはありませんが)

ただ、こんな素人を14時間も持たせてくれた。
すべてはスタッフの方々のおかげです。

確かに、テレビには90分、ボクとゲストしか映りません。
しかし、スタジオにいた20名のスタッフ。
それ以外にも、営業、広告代理店、すべての人のお力添えの結果、この番組は来春1月11日に放映を迎えるのです。

スタッフを大切にしないタレントは、100万人に1人の才能がない限りテレビの世界からは消えて行きます。
それも当たり前です。
テレビは、撮られるよりも撮る側の方がはるかに大変なのです。
実際に、カメラクルー達は、時間を見つけては仮眠をしていました。
もちろん、ボクも、時間を見つけては台本を読んでいたわけですが、どう考えても彼らの方が大変です。

よく考えてください。
タレントなどが、厳しいロケ(険しい山道を登ったり)をしているとき、ボクたちはタレントに感情移入をしますが、その横には、重いカメラを持ったカメラマンがいるんです。
そして、彼らは、決して表舞台には映りません。

収録のときには、広告代理店の人も見学に来ました。
それもそうです。
収録が上手く行かなければ、スポンサーにお詫びのしようがありません。

しかも、ボクは収録が終われば、迎車で自宅まで送っていただける立場です。
しかし、彼らの仕事は終わりません。
その日だけでも、現場の撤収作業など、いろいろな仕事があるのですが、このあと、編集作業が残っています。
1月11日の放映に間に合わせるためには、年末年始返上で編集をしなければなりません。
NGも含めれば10時間も回したフィルムを90分に切り、音楽も入れなければなりません。

これで、自然に感謝の念が湧かないようでは、人間として何かが欠落しているといわれてもしかたがないでしょう。

みなさんは、感謝できる人間が、実は一番の幸せ者だってご存じでしょうか?
これは、よく考えれば当たり前の真理です。
感謝している時、私たちの心境はどうなっているか。
嬉しいから感謝するんですよね。
楽しいから感謝するんですよね。
すなわち、「感謝=幸せ」なのです。

悲しい時、怒っている時、悔しい時に感謝する人など聞いたことがありません。

何十人もの人に支えられ、何十人もの人に感謝できる。
テレビの仕事は本当に尊いと思いました。
ましてや、執筆活動は一人仕事です。

適度な緊張感(時には過度な緊張感)を持ちながら、多くの人と辛苦や喜びを共有できる。
テレビの仕事が益々、大好きになりました。

先に述べたとおり、この番組に関しては、ボクの仕事はもうおしましです。
あとは、1月7日の社内試写会に出席するくらいです。
でも、プロデューサー、ディレクター、営業など、彼らの仕事はあと3週間続くのです。

これからの3週間は、毎日、彼らに感謝の念を捧げながら、1月11日の放映を待ちたいと思います。

本当にボクは幸せ者です!

この仕事を通じて、また一回り大きくなれた気がします。

2005年12月10日

ヘアーカットと眉カット

来週からのテレビ収録に備えて、ヘアーカット、カラーリング、そして眉カットをしに銀座へ行ってきました。そして、お気に入りのエステバンでお香やアロマを何種類か買い揃えました。

一度、帰宅し、ある会合に出席するために出かけたら、大切な呼び出しの電話が。

急遽、会合欠席の連絡を入れたくても、幹事の方の電話番号を控えていなかったボク。

非常に申し訳ないと思いながらも、無断欠席していしまいました。

深夜に帰宅したら、まずもって幹事の方に謝罪のメールをしました。

その後処務に追われて週末の初日はおしまい。

2005年12月09日

おひょいさんの誕生パーティー

友人と、「おひょいさん」こと藤村俊二さんが経営するワイン・バー「ohyoi’s」に行きました。

すると、「あれ? ここ、短期間の間に花屋に変わってしまったの?」と一瞬本気で思うほどの花、花、花。

よくみると献花。

送り主は、上原多香子ちゃんや別所哲哉さんや・・・・、あげたらキリがないのでやめておきます。

そう、おひょいさんの71回目の誕生パーティー兼お店の9周年の日だったのです。

どう考えても完全な貸切。
しかも、招待されていない。

帰ろうと思いましたが、おひょいさんにお話があったボクは、一言だけでもと思い、一応、受付で「貸切ですか?」と聞くと、「いえ、会費をお支払いいただければお入りいただけます」とのこと。

その会費を聞いて驚きました。

・・・80円!

受付の方に「冗談でしょう?」と聞くと、「いえ、71歳になった藤村と9歳になったお店の誕生日なので、足して80円です」と言われました。

2人で160円。
それで、好きなだけ飲み食いしていいの?と思いながら小銭を探していたボクの目に、会費を入れる缶が飛び込んできました。

どうみても、全部1万円札。
それが、大きな缶にぎっしり。

「会費、これに入れるんですか?」
「はい。お釣りは出せませんので、お気持ちを入れてください」

ボクがいくら会費を出したかは言う間でもありません。
さすが、芸能人、演出が洒落ていますね。
これなら、お札の1枚や2枚、楽しみながら払えます。

中で藤村さんにご挨拶した後、カルーセル麻紀さんなどの芸能人に混じって、飲めない分ひたすら食べていたら、一緒に行った友人に声をかける女性が。
名前はわかりませんが、明らかにCMで見た事のある顔。

友人の友人だそうで、彼女たちは2人で「久しぶり~」と盛り上がり始めました。
そして、お邪魔かなと思い、席を離れて食べ物を物色している間、ボクの友人がその女優さんに、来年放映されるボクのテレビ番組の話をしたらしく、ボクのところに来て「私、タレントもしているんです。プロフィールをお送りしたいのですが」。

「え? 1月に放映される番組はアシスタントなしですよ。90分、ボク一人で番組をナビゲートします」
「でも、その後、いろいろなお話があるんですよね?」

「ええ。話だけは。ただ、いずれにせよ先の話ですよ。それに、ボクにはキャスティング権はありませんが、いただけるならプロフィールをプロデューサーにお渡ししておきますよ」

(ということで、この翌日、早速、彼女のマネージャーから電話が。近日中にプロフィールが届くでしょう)

なんとも不思議な夜でした。

2005年12月07日

ダイアモンド社との打ち合わせ

今日は午前中、ダイアモンド社と顔合わせに近い打ち合わせを行いました。

「顔合わせに近い」というのは、すでに原稿は2本完成していますが(完成しているからこそ)、次の本はどの出版社にお世話になるか、もしくは、まだ手をつけていない原稿が先になるのかなど、そのタイミングが、自分自身、わかり切れていないからです。

驚いたことに、その編集者は、以前お勤めの出版社で、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の山田真哉さんのご担当だったそうです。世間は狭いですね!

夜は、12/17に私と同じサンマーク出版から本を上梓される方から面会を所望され会食。
コンビニ弁当の毎日でしたが、久しぶりに創作和食懐石料理を堪能。

2005年12月05日

週刊現代で推薦されました

『人生は数式で考えるとうまくいく』が、今週発売の「週刊現代」で推薦されていました。

掲載雑誌が段々増えてきていますね。

ちなみに、今週の「週刊現代」のトップグラビアは熊田曜子です(あまり関係ありませんね(^^ゞ、と言いつつ、我が家のスゴ録のキーワードに「熊田曜子」と入っている大村あつしでした(^^ゞ

2005年12月03日

台本の暗記とマッサージ

今日は、休日返上でテレビ番組の台本の暗記。

「さしすせそ」の発音の難しさを改めて実感。

もっとも、ボクはアナウンサーでも役者でもないので、背伸びするのはやめました。

深夜、すごく久しぶりに新橋のマッサージ店へ。
ここでちょっとした事件が起きました。

マッサージをしてくれていた中国人女性の力が急に抜けたかと思ったら、ついには揉むのをやめてしまったのです。
うつ伏せだったボクが「どうしたのかな?」と思って身を起こしてみると・・・

なんと、その女性が居眠りをしていました。
本来なら、その女性は叱られても言い訳のできない状況なのですが、とりあえず、肩を揺すって起こしました。

平身低頭、詫びる彼女。

そこで、「疲れてるんですか? 昼は何をしているんですか?」と聞くと・・・

月~金の午前中は日本語の専門学校に通っているそうです。
そして、午後から翌朝までマッサージのバイト。
睡眠は、客のいない時間を見計らっての仮眠のみ。
家はなく、そこのマッサージ店に寝泊りしているそうです。

これでは、仕事中に眠くなるのも当然ですね。

以前は、川崎に住んで、居酒屋のバイトをしながら学費を貯めて、2年前からそこのマッサージ店を根城に浅草の日本語の専門学校へ。
来春4月に卒業して、今度は某大学で4年間、貿易や経済学の勉強をして、中国に帰国したら日系の一流企業に勤めるのが夢だそうです。

もう、日本語はまったく問題ないレベル。
その上、4年間大学で学べば、帰国した後、大きな成功が待っていることでしょう。

そうなんです。
今の彼女の苦労は並大抵のものではないことは想像に難くありませんが、彼女の目に映っているのは、その先にある成功なのです。
だから、彼女はそれほどの過酷な試練に耐えられるんですね。

大いに感激し、マッサージよりも、彼女と話ができた事が嬉しかった夜でした。

現在の苦しみは、将来、目標を達成したときに得ることのできる喜びのための一時的な借金に過ぎない

僭越ながら、拙書、『人生は数式で考えるとうまくいく』の1フレーズです。

4年後に、彼女はこの一時的な借金は完済し、大きな喜びとともに人生を謳歌していることでしょう。

何か、こちらまでパワーをもらった気分になりました(^o^)

2005年12月02日

テレビ局と打ち合わせ

今日は、テレビ局とのかなり大掛かりな打ち合わせを行いました。

出席者は、

・プロデューサー
・ディレクター
・演出、構成作家
・営業統括(2名)
・広告代理店
・出演者(すなわち、ボク)

まだお話できる状況ではありませんが、いよいよ、しばらくはテレビモードに入ります

2005年12月01日

東京タワーの意味不明な電飾文字

この数日、東京タワーを見るたびに気になっていたことがあります。
白い電飾で、意味不明のことが書いてあるのです。

ボクのマンションの角度からだと斜め前からその文字を見ることになるので、なおのことその文字が読めずに気になっていました。

カタカナの「デ」はかろうじてわかるのですが、あとは意味不明・・・

しかし、今日、夕方のニュースを見て納得。
「地デジ」と書いてあるそうです。
そう、「地上デジタル放送」のことです。

かなりすっきりしたボクですが、それよりも何よりも、冷蔵庫が届いた事が嬉しくてたまりません\(^o^)/

早速、お水、コーヒー、オレンジジュースを冷やしました。( ̄ー+ ̄)ニヤリ

あとは、冷凍青汁などなど、買いそろえて行きます。( ̄ー+ ̄)ニヤリニヤリ

そうそう、東京タワーに話は戻りますが、もうすぐ、カウントダウンの「2005」の文字に変わるんでしょうね。
昨年は、「2004」から「2005」に変わる瞬間を、NHKホールで紅白歌合戦を観たあとのタクシーの中で目撃しました。

今年は・・・
うーん・・・
恐らく、帰省してゆっくりとオーバーホールをしていると思います。