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世界が喪に服した日 - アイルトン・セナの死 -

ボクの人生に多大な影響を与えた人はたくさんいますが、その中の一人が、F1ドライバーのアイルトン・セナでした。

ボクは、セナさえ幸せなら、自分はどれほど不幸でもいい、とさえ思っていたくらいです。

セナがレースに勝てば、次のレースまでの2週間は幸せでした。
セナがレースに負ければ、次のレースまでの2週間、「プロストがリタイアさえしていれば・・・」と唇を噛み締めていました。

しかし、その音速の貴公子、セナが神になって、もう12年が過ぎました。

27才のとき、いつものとおり、F1を見るために、深夜、フジテレビにチャンネルを合わせました。
その前の2つのレースをリタイアで落としていたセナは、ミヒャエル・シューマッハを追い上げるためには絶対に負けられないレース。

サンマリノ、イモラサーキット。

しかし、セナは、300Km/hの高速でタンブレロ・コーナーに突っ込み、そのまま神になりました。

ショックのあまり、涙も出ません。

2週間、茫然自失の状態が続きましたが、ある人に、「34才で死んだことに意味はない。つまらない人生を100年送るよりも、セナは誰よりも数万倍充実した人生を34年間も生きられたんだ。それなのに、お前が落ち込んでいてどうする」と励まされ、そのときから、ボクの人生は大きく変わる事になります。

セナのように、ブラジルが3日間も喪に服し、公官庁や学校は3日間お休み。
セナの棺が通る沿道には数百万人の人々。

そんなスーパースターにはもちろんなれるはずもないのですが、「ドでかい事をしてやる!」と誓った27才のボク。

このセナの死がなければ、ボクはITライターにはなっていませんでした。

ちなみに、一番の被害者はシューマッハなのかもしれません。

人類史上最強のF1ドライバーだったアイルトン・セナ。
そのセナを破ってこそのチャンピオン。
シューマッハがどれほど勝利を積み重ねても、世界が高い評価を与えないのもやむをえないでしょう。

ライバル不在で、シューマッハ一人、異次元走行をしているのですから。
高校野球の中に、一人だけメジャーリーガーがいるようなもので、これなら勝てて当たり前。
面白くもなんともありません。

ジョン・レノンが生きていたら、もう一度ビートルズが見たかった。

同様に、セナとシューマッハのガチンコ対決を見たかったですね。

そして、セナこそがチャンピオンであることを証明して欲しかった・・・

また、一番強くそう願っているのは、もしかしたら、「セナはボクのアイドルなんだ」と語ってやまないシューマッハなのかもしれません。

では、本日は、久しぶりに動画をお届けします。

12年前のあの日、突然飛び込んできた、セナの死を伝える生放送。

今、思い出しても体が震え、涙が止まらない、その貴重な映像をお届けします。

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