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2006年09月25日

『人生は数式で考えるとうまくいく』中国語版

このたび、『人生は数式で考えるとうまくいく』の中国語版が発売されました。

表紙はこんな感じです。

chinese1.jpg

で、著者紹介はこんな感じ。

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ボクの本の中国語版が出るのは初めてではありませんが、正直、これまで翻訳された本は、海外ではあまり売れていませんでした。

しかし、日本でベストセラーとなったこの本、おかげさまで、中国でも好調な滑り出しのようです。

ちなみに、著者名は「大村敦」となっていますが、「大村あつし」の「あつし」のひらがな部分は漢字になりますので、それで「敦」となったようです。

しかし、ボクの本名は「篤」です。

まあ、この「篤」はもう使っていない(市役所とか銀行でしか使わない)ので構わないのですが、やっぱり、本名ではない「敦」というのは、かなり違和感がありますね(^_^;)

『人生は数式で考えるとうまくいく』、まだお読みでない方は、これを機会に、ぜひページを繰っていただけると幸いですm(_ _)m

あ! もちろん、日本語版のほうですよ(笑)

ということで、

⇒ アマゾンへ

⇒ 『人生は数式で考えるとうまくいく』の詳細

2006年09月13日

『作家3.0』宣言!

ボクが上京した理由は、大きく2つありますが、最大の理由は小説家になるためです。

このことを、今まで、公の場で発言したことはありませんでした。

また、その理由として、「実現できなかったら恥ずかしい」という気持ちがあったことも否定しません。

ただ、実現できなければ、それはそれでボクの人生です。
120%努力して夢叶わなくても、何も恥じる必要はありません。

そもそも、「願えば叶う」なんて幻想jに過ぎず、これは「願っても叶わない」人々を排除した偏向思想であり、インチキ自己啓発に過ぎません。

ボクは思います。
人生はコイントスのようなものだと。

当然ですが、まず、そのコインを手に入れなければなりません。
そして、そのために幸運は必要ありませんし、不運が邪魔をすることもありません。
目指している方向性さえ間違えていなければ、持って生まれた素質と努力によって、そのコインは確実に手に入ります。

ちなみに、「方向性が間違えている」とは、部活動でレギュラーになれなかったような人がプロ野球選手を目指しているような状態を指します。
このような人が、コイントス以前に、そのコインさえ手に入れることができないのは自明の理です。

しかし、世の中に数ある職業の中で、8割、時には9分9厘、「運」という偶発的な要因に左右されるものがあります。
その最たるものは、やはり芸能人でしょうか。

世界的なアクションスターのジャッキー・チェンが、自著、『愛してポーポー』や雑誌インタビューの中で読者に対して言っています。

「もし、君が芸能界を目指すのなら、ボクはタックルしてでも阻止する。
どれほどの実力があっても、『運』がなければ成功できない世界だからだ。

実際、ボクよりも演技の上手い人はたくさんいる。
ボクよりもカンフーが強い人もたくさんいる。
ボクよりもハンサムな人はたくさんいすぎてわけがわからない。

もちろん、自分なりに努力はした。
カンフーの凄さを全面に押し出してもブルース・リーにはかなわない。
だから、ボクはバランスを重視した。
さらに、チャップリンやバスター・キートンを徹底的に研究して、笑いや涙、そして、命がけのアクションを盛り込み、一秒たりとも退屈しない映画作りを徹底してきた。

そうすれば、ハリウッドが認めてくれると信じていたが、認めてもらうまでに20年もかかった。
アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、世界中が認めてくれても、アメリカだけはボクを受け入れようとはしなかった。

そして、受け入れてもらえた今、それをボクの実力によるものとか必然とか思ってはいない。
最大の理由は『幸運』だったことだ」

かくも、芸能人は運・不運に左右される職業ですが、小説家も同様だと思います。

素晴らしい才能を持ちながら世に出られない人、日の目を見ない素晴らしい作品はごまんとあります。
一方で、棚ボタでデビューできてしまう作家もいます。

とりあえず、ボクは「コイン」は持っていると自負しています。
独りよがりではなく、決してお世辞など言わない友人、知人の誰が読んでも、8割がボクの作品に高い評価を下してくれます。
もっとも、100分の1秒を競うスポーツではありませんので、「面白い」「つまらない」「感動した」「話が美しすぎ」など、読んだ人の主観で意見は分かれますが、ボクの実力そのモノを否定されたことはありません。

あとは、このコインを10回投げて、そのすべての表裏を当てることができるかどうか。
要するに、自分に幸運が訪れるかどうかだと思います。

感覚的な話ですが、東京でいわゆる「成功者」と言われる人は1万人くらいかな、と感じています。
何億という資産家、芸能人のような著名人、権力を持った政治家、名声を得ている学者などを合計すると1万人くらいではないかと感じます。

ただ、「1万人もいる」と思うのは、上述の「願えば叶う」という偏向インチキ自己啓発に騙されているに同義です。
東京には1,000万人がいるのです。
そして、1,000万人の誰もが自分も成功したいと願っているのです。

コイントスの表裏。
10回、すべて当てる確率は1,024分の1です。

そうです。
「成功者」と言われる1万人は、コイントスの表裏を10回、すべて当てることのできた人たちなのです。
実力だけで成しえたことではありません。
すべてを当てることのできなかった残りの999万人がいることを忘れてはいけないと感じます。

さて、核心に入りますが、ボクは、「成功」とは「人生に満足すること」だと思っています。
これは、自著の『人生は数式で考えるとうまくいく』にも書きました。

幸い、大好きなIT書籍で10年もトップ集団の中で走り続けて来られて、今後も、まだまだ走れそうな自分やその人生には確かに満足しています。

ちなみに、このIT書籍は、今風に言えば「書籍1.0」です。

補足しますと、現在、「Web2.0」なることば、概念が生まれています。
これは、元来は、アマゾンのように、APIをSDKで配布し、WindowsのようなOSではなく、Webをプラットフォームに開発環境を提供しているようなサイトを指すことばでした。
(専門的な話ですみません(^_^;)

しかし、現在は、検索したり買い物したり、といった、受動型のサイトを「Web1.0」と呼び、自分で動画をアップロードしたり、自分を基点に友人をコネクトしていったりなどの能動型のサイトは「Web2.0」と呼ばれます。

具体的な例を挙げると、一方的に用意された動画を見ることしかできない「Gyao」は「Web1.0」、視聴者参加型の「You Tube」が「Web2.0」にあたります。
もしくは、ホームページビルダーなどで自分でホームページを作成して書かれた日記は「Web1.0」、ブログのように、すでに場所が提供されていて、自分はブラウザ上で書くだけでよい。しかも、読者は読むだけでなくコメントをつけるなど、その場に参加することができる。こんな仕組みは「Web2.0」ですね。

蛇足ですが、正直、こんな無茶苦茶な定義で乱用していたら、昔の「マルチメディア」のように、「Web2.0」ということばはいずれ衰退することでしょう。

さて、IT書籍のようなビジネス書、実用書は、読んでいただいて、知識や技術を習得していただくことが目的です。その書籍をプラットフォームに、次なる展開があるわけではありません。
すなわち、「書籍1.0」なのです。
ということは、それを書いている作家は、「作家1.0」と命名してもよいでしょう。

一方、小説の場合は、それを元に映像化されたり、コミック化されたり、それをイメージした楽曲が作曲されたり、時にゲーム化されることもあります。
すなわち、それをプラットフォームにさまざまなビジネスが派生する可能性を秘めているのです。

ここまでご説明すれば、ボクが言いたいことがクリアになったと思います。
そうです。
小説というのは「書籍2.0」なのです。
ということは、それを書く人は「作家2.0」なのです。

正直、小説の売り込みは恐ろしく難しいです。
ビジネス書であれば、企画書だけでいいものになるかどうかの判断がつきます。
しかし、小説は、良し悪しを判断するためには、何時間もかけて読まなければなりません。
編集者は、みなさん、自分が担当の作家がいて、彼ら彼女らの原稿を読むだけで手一杯です。
そこに、割り込みで原稿用紙数百枚もあるようなものを編集者に読んだいただくのがどれほど大変なことか、みなさまも想像に難くないと思います。

ましてや、それをなんとか発売に漕ぎ着けて、しかも、それがベストセラーになるなど、それこそコイントスの表裏を10回、すべて当てるようなものです。

ただ、ボクはベストセラーなんて夢のようなことは考えていません。
まずは、とにもかくにも、1冊、世に出したい。
そして、1冊世に出たら、2冊目を書きたい。
これを目標にしたいと思います。

ベストセラーを狙うなら、「書籍2.0」より「書籍1.0」のほうが断然、分があります。
小説は、確かに、時として人生を変えるような出会いになることもありますが、棺おけにまで持っていきたいと思うような小説はそうそうあるものではありません。
でも、一時、すべてを忘れてのめり込める。
読後も感動に浸れる。
それが小説の醍醐味ですが、娯楽が多様化した現在、別に小説でなくても楽しむ術はいくらでもあります。

ただ、ビジネス書であれば、直接的に自分の血肉になりますので、こちらの方が消費者の財布の紐は緩みます。
実際、『東京タワー』や『佐賀のがばいばあちゃん』などは、厳密には小説ではなく自伝エッセイであり、純粋な小説としてのミリオンセラーは、この数年生まれていない気がします。
「セカチュー」と「いま会い」でピークを迎えた感があります。

こうしたことを冷静に分析すれば、小説は、売れる、売れないは二の次で、1冊出すごとに、いかにファンを獲得していくか、という商売なのだと思います。

いずれにしましても、ボクは「作家2.0」を目指します。
もっとも、やはり自分にとっては天職だと思っていますので、もちろん、今後もIT書籍は書きます。

バージョンの違いは優劣を意味するものではありません。
1.0と2.0では、最初から存在意義が違うだけで、どちらも等しく尊いものだと思っています。

ということは、厳密には、小説も書いて(作家2.0)、IT書籍も書く(作家1.0)のですから、「作家2.0」というよりも、「2+1」で「作家3.0」を目指す、と宣言するべきかもしれませんね。

ただ、現時点で小説の発刊のあてはなにもありません。
持ち込みに応じてくださるような編集者とめぐり会えるか、はたまた、砂漠に水を撒くがごとくの難関を突破して新人賞でも受賞できるか、もう、こうなるとコイントスの世界ですが、それでもチャレンジします。

もし、幸運にも小説を世に出せたら、そのときは、日本で初めて「作家2.0」、そして「作家3.0」の肩書きを名乗った、このブログがその証拠になると思い、冒険ではありますが、「作家3.0」宣言をすることにしました。

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2006年09月12日

書店に行ったら・・・

週末から旅行に出かけます。

そこで、ガイドブックを買いに書店に行ったら、自分の新刊を見つけました。

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ちなみに、今年は、Excelの本をこれから4冊、立て続けに出します。

頑張らないと・・・