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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(22)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第22話

エピソード3
学校が教えてくれたあの需給曲線は嘘だったのか?(6)

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 このように、商品の「価格」は、商品の「価値」だけでは説明が付かないこともまた事実である。

 この点については、マルクスも一定の理解を示しながらも、「商品の価格は、自ずと価値(生産費)に引き寄せられていく」としている。

 要するに、需要の立場から見たら必要なのは百個なのに、さまざまな会社が千個作ってしまった場合、当然だが「価格」の下落が発生する。「価格」を下げることで、他社ではなく自社の商品を買ってもらうためだ。

 しかし、このとき、次のような状況に陥ったらどうであろうか。

 商品の価格 < 商品の価値(生産費)

 これでは、作れば作るほど会社は赤字になる。よって、そうならないように、会社は生産量を減らし、やがて「価格」は、「価値(生産費)」と一致するか、もしくはその近辺に落ち着こうとする力が働く。もちろん、「利益がマイナスの状態」、すなわち、「作れば作るほど赤字」という状態に一時的になることもあるが、こうした状態が長続きしないのは言う間でもない。

 逆に、需要に対して供給が追いつかないときには、消費者は「高くても買いたい」という気持ちになるので、「価格」は高騰し、次の状況となる。

 商品の価格 > 商品の価値(生産費)

 作れば作るほど会社は儲かるので、次々に商品が生産されるが、こうした状態もやはり長続きしないことはみなさんもおわかりだと思う。やがて、「価格」は下落を始め、結局のところ「生産費」と一致するか、もしくはその近辺に落ち着くわけである。

 こう考えると、確かに、「需要と供給のバランス」と「価格」は無関係ではない。ところが、だからと言って、「価値(生産費)」を無視して「価格」を語ることができないのもやはり事実なのである。

 想像してみていただきたい。需要と供給のバランスがどうなろうと、十万円のパソコンが百万円になることはないし、百万円の自動車が十万円になることもない。

 「価格」は、もろに需給関係という外的要因の影響を受ける。ここが「価値(生産費)」との大きな違いである。そして、この「価格」の上昇や下落といった変動の幅や、その中心点を決めているのが「価値(生産費)」なのである。

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コメント

興味深く読ませていただきました。

続編を期待しています!!

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