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サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(40)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第40話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(5)

 さて、今の説明で、これまでまったく取り上げてこなかった「貨幣」が登場している。

 実は、マルクスはこの「貨幣」にことさら注目し、さまざまな分析をしている。また、一般の経済学でも「貨幣論」なんて専門分野があるくらいだが、正直、貨幣に執心することに私はあまり意義は見出していない。もちろん、「金融論」を学んだり、インフレ・デフレなどの現象を解明するときに「貨幣」を避けて通れないのは言う間でもない。

 しかし、本エッセイは金融論でもなければ、景気動向の解説書でもない。それに、貨幣の重要な役割は、日常生活で普段から実感していることと思う。そこで、本エッセイでは、次の簡便な説明で済ませることにする。

 『エピソード2』で、ブレッドとスカーフはパンとマフラーを交換したが、これは、パンとマフラーの「価値」が「一日分の生理的労働(一日分の労働時間)」で等しかったこと。また、パンは食べるモノ、マフラーは首に巻くものと「使用目的」が異なっていたこと。この二つの交換条件を満たしていたからであるが、実は、このとき、もう一つの交換条件が成立していた。

 それは、次の条件である。

・ブレッドはマフラーが欲しかった
・スカーフはパンが欲しかった

 当たり前だと言われそうだが、お互いがお互いの商品を欲しいと思ったから交換が成立したわけだ。したがって、もし、ブレッドが欲しかったのがマフラーではなく帽子だったら、彼は自分のパンと同じ価値である「一日分の生理的労働(一日分の労働時間)」で作られた帽子を作った人を探さなければならない。

 そして、このように「交換欲求」が合致する偶発的な出会いの上でしか交換が成立しなければ、当然だが商品は流通することはない。

 そこで、私たちの経済世界に登場したのが、商品の「価値」(厳密には「価格」)を社会一般的に表現することができて、かつ、それがあれば商品を買うことのできるモノ、すなわち貨幣であったわけだ。

 要するに、貨幣の役割は「商品の流通の仲介」であり、貨幣(昔は金や銀だった)があるからこそ、偶発的な交換ではなく、一般的な交換が可能なのである。

 貨幣について極めたい人には物足りないかもしれないが、本エッセイでは、貨幣についての説明はこの程度にさせていただく。

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コメント

おいおい、話が行ったり来たりで全然先に進んでね~よ。貨幣がどうのこうのはもう説明したでしょ。
早く本題を進めて~

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