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2007年03月26日

「篤」が「あつし」に変わるまで(12)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。

Episode 12

- 噛み合わない会話 -

こうなると、さすがに僕も聞き返さざるを得なかった。

「あのー、お渡しした原稿は未完成なんですが」

「え?未完成なの?」
途端に、福島社長の声が弾んだのがわかる。

「それじゃ、まずいよ。それじゃ持っていけないよ」

「いえ、しかし、仮に別のパート、たとえば『売上入力』を『入金入力』に差し替えて30ページ完成させたところで、それは全体の一部に過ぎません。素人考えですが、本全体が完成しなければ印刷所には持っていけないんじゃないでしょうか?」

「んー、そうだ。じゃー、こうしよう。一層のこと、本全体を完成させてよ。時間をかけてもいいから、じっくりといいものを書いてよ」

「でも、全体を書き上げてから合否発表では、私も仕事がありますし、リスクが大きすぎると思うんですが。最悪の場合、数ヶ月を棒に振ることになりかねません」

「いや、もうテストはパスしたと思ってください。本が完成すれば、それで合格!」

実は、この会話、まったく歯車がかみ合っていない。
福島社長が僕の原稿を持っていこうとした場所は、印刷所ではない。
冷静に考えれば、編集も済んでいない原稿を印刷所に持ち込むわけがない。
また、なぜ福島社長は、僕の原稿が届いた時に、思わず残念がった、いや、むしろ迷惑がったのか・・・

その謎解きは、またのお話。

⇒ 第13話へ

2007年03月22日

「篤」が「あつし」に変わるまで(11)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。

Episode 11

- 噛み合わない会話 -

今でも曜日は覚えている。
木曜日だ。
30ページの中途半端な原稿を速達で送ったのが月曜日。
もちろん、翌日火曜日には品川出版に届いているはずだ。

せっかちな僕は、よほど火曜日の夕方に電話で結果を聞こうと思ったが、「さすがにまだ目を通していないだろう」と思って我慢した。

そして、翌日夕方に、はやる気持ちを押さえながら電話したのだが、女性アルバイトが福島社長の外出と翌日の在社を僕に告げてくれた。

そのときに、原稿が届いていることは、念の為にその女性アルバイトに確認を取ったが、まだ未開封であることを知らされたときにはさすがに大きな不安が頭をよぎり始めた。

「やはり、出版社の社長ともあろう人が、そうやすやすと原稿に目を通してはくれないのではないか」

そんな不安を拭い去ることができないまま、翌日僕は、意を決して再び受話器を取ったのだ。

「え、もうできちゃったの?」
「あ、本当だ。確かにこちらに届いてますね」
「んー、どうしようかな。これ、確かExcelのマクロだよね。となると、まずはあそこかなー」
「んー、Excelだよねー、これ・・・」

おっと。
また福島社長お得意のひとり言なのか質問なのかわからない、微妙な言い回しが始まったぞ。

しかし、今回は言っている意味がさっぱりわからない。
僕の原稿が「完成」したことを残念がっているようにも聞こえる。

いや、それよりも、「あそこ」って何だ?

ひょっとして印刷所かな?

え!

となると、内容も読まずに僕はテストに合格?

ちょ、ちょっとそれはまずい。

僕の原稿は「未完成」だ。

「売上入力」の半分も書いていない。

いや、待て、そもそも書いたのはたったの30ページ。

それを印刷所に持ち込んで本にしてしまうのか?

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2007年03月16日

「篤」が「あつし」に変わるまで(10)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。

Episode 10

- 未完成の原稿 -

このとき、僕には3つの選択肢があった。

理由を説明して、中途時半端な原稿をそのまま渡す。
30ページという枠にとらわれずに、「売上入力」を完成させてから渡す。
30ページという枠に収まりそうな、別のパートを一から書き直す。

そして、せっかちな僕が選んだのは・・・。
もちろん最初の選択肢である。

もう、1秒でも早く原稿を見てもらいたい。
そんな気持ちを押さえ切れずに、未完成の原稿をプリントアウトして、福島社長の名刺に記された住所に郵送してしまったのだ。

ただ、同封したあいさつ文の中で、送った原稿は未完成であることを、必要以上に強調してみせた。
万が一、これが完成と勘違いされたら、せっかく掴んだチャンスも逃げてしまう。
そう思ったからだ。

実は、このとき僕は2回目の「たら」「れば」に直面していた。
僕の前には、先ほど言ったように3つの選択肢、すなわち「たら」「れば」があった。
どの道を進んでも、さして違いはないような気がする。

また、実際僕も、そのときの選択にはさほど悩みはしなかった。
3本のどの道を進んでも、またそれらの道は1本に合流すると軽く考えていた。
だが、もしそのとき別の「たら」「れば」を選択していたら、今この文章を書いている僕は間違いなく存在していない。

そして、未完成のまま送ってしまったその原稿が、その後の僕と福島社長の歯車を徐々に狂わせ始めることになる。

いや、正確に言えば、始めからかみ合っていなかったもっと大きな歯車が運命的にかみ合い始めることになるのだが、それはまたのお話し。

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2007年03月13日

「篤」が「あつし」に変わるまで(9)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。

Episode 9

- 未完成の原稿 -

「企画書はいいから、とりあえず30ページぐらい書いたら連絡頂戴よ」

福島社長にそう言われた僕は、ものの5日間で30ページを書き上げてしまった。

「これから書く30ページは、いわば本当に本を出版してもらえるかどうかのテストだ。時間をたっぷりかけて、構成をしっかり練って、一字の誤字もない最高の原稿を書こう」

そうつぶやくもう1人の自分もいたが、元来せっかちな本物の自分を制止することはできなかった。

気を付けたのは、「一番訴求力のあるパートを書く」。
ただそれだけ。
そして、販売管理の最重要パートである「売上入力」について書き始めたが、全体の半分も書かないうちに30ページに達してしまった。

この手のソフトを開発した経験者であればご存知かもしれないが、売上入力は本当に奥の深い処理モジュールである。
売上がたてば、財務的には売掛金が発生するし、売り上げた個数分、在庫の出庫処理もバックグラウンドで行わなければならない。
フロントとしては、納品請求書や送り状、郵便振替用紙の印字も同時で行う必要がある。
そもそも、これだけの処理をExcel/VBAで実現するための解説を30ページでやってしまおう、と考えた自分が甘かった。

さて、これは困った。

こんな中途時半端な原稿を渡していいものか・・・。

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2007年03月08日

「篤」が「あつし」に変わるまで(8)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。
●宮城社長・・・私の経営していた会社の主要取引先の社長。実在する人物だが仮名。

Episode 8

- 2つの「たら・れば」 -

「わかりました!」

実は何もわかっちゃいない。
何がなんだかわからないが、とにかく僕が本を書けばこの人が本を出してくれる。
どうもそうらしい。

本ってそんなに簡単に出せるものなのか?
いや、しかしこの人は出版社の社長だ。
まさか、思い付きでや気まぐれで「出版しようよ」とは言わないだろう。

でも・・・本当に僕でいいのか?
本当に僕なんかが本を書いていいのか?
いや、そもそも自分に本なんか本当に書けるのだろうか・・・

僕は、再び思考の迷路の中をさまよい始めていた。

だめだ。
考えれば考えるほどわからなくなる。
とりあえず考えるのはやめにしよう。

これ以上考えても仕方がない。
これ以上ここにいてもらちがあかない。
とにかく、早く家に戻ってさっそく取り掛かってみよう。

幸い、接客を終えた憂鬱なオペレーターは、パソコンの前には座らずに自分の机で雑誌を広げて読んでいる。
もう僕の説明を受ける気もないのだろう。
福島社長の登場は、彼女にとっても予期せぬ援軍だった、ということか。

そうとなれば話は早い。
百人一首はまた次の機会でいいだろう。

人間の運命に「たら・れば」はないと言う。
しかし、あの日、あの時間に僕があそこにいなければ。
いや、仮にいたとしても、もしMacの電源が消えていたら。

今でも、この2つの「たら・れば」が頭をよぎる。

その後、実際に自分の本が世に出るまで、いくたびもの「たら・れば」の綱渡りをしなければならないことなど、家路を急ぐ僕には知る由もなかった。

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2007年03月05日

「篤」が「あつし」に変わるまで(7)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・謎の人物。
●宮城社長・・・私の経営していた会社の主要取引先の社長。実在する人物だが仮名。

Episode 7

「福島さんは出版社の社長さんなんですか?」

「えー、そうですよ。小さいところですけど」

「宮城社長、だったら福島さんはそれぐらいのことはご存知ですよ。出版社はあの種類のパソコンがなければ仕事にならないんですから」

「え、そうなの。品川出版もあのパソコン使ってるの?」

「えー、使ってますよ。だけど宮城社長のおっしゃるとおり、デザインなんかするときに使いますが、あのように販売管理で使っているのを見るのは初めてですよ。Macでもやればできるんですねー」

ついに、話が振り出しに戻ってくれた。

今だ。

「あ、そー言えばさっき、『本を書いたら』とおっしゃってましたよね?」

まるで思い出したかのような口振り。
精一杯の演技である。

「あ、そうそう。Excelのマクロで販売管理ができるって、これはテーマとしては面白いよ。書けば売れるよ、きっと。Macユーザーはみんな飛びつくんじゃないのかなー」

こちらの方は、演技でもなんでもなく、本当に思い出したかのような口振りだ。

「もし私が原稿を書いたら、目を通して頂けますか?」

「いや、目を通すも何も出版しようよ。絶対にいけるから」

心臓が高鳴るのが手に取るようにわかる。

「わ、わかりました。さっそく戻って構想を練ってきます。そして、企画書みたいな形でお見せすればいいんですよね?」

「いや、企画書はいいから。そうだなー、とりあえず30ページぐらい書いてみてくれる。それができたら連絡頂戴よ」

⇒ 第8話へ

2007年03月01日

「篤」が「あつし」に変わるまで(6)

< 第1話 からお読みください >

主要登場人物・団体

●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・謎の人物。
●宮城社長・・・私の経営していた会社の主要取引先の社長。実在する人物だが仮名。

Episode 6

出版社?

代表取締役?

聞いたことがない名前だが、名刺にはそう書かれている。

それに今、「僕の会社」と言った。

出版社の社長?

この人、さっきパソコンの前でなんて言った?

「その本書いてみたら?僕が力になりますよ」

確かにそう言った。

力になるってどーゆー意味だ?

かつて、一度でも僕をこんなに考え込ませる名刺があっただろうか。
しかし、一言、僕が一言尋ねれば、この疑問は氷解する。
それがわかっていても、その一言が切り出せない。

そのうち、2人の社長は歓談を始めてしまった。

仕方がない。
しばらく様子見といこう。
そう観念しかかったが、チャンスはすぐに訪れた。

顔なじみの宮城社長がMacを指差しながら

「あの種類のパソコンをビジネスで使うのはめずらしいんですよ。私はコンピュータのことはまったくわからないんですけど、あのパソコンはデザイナーとかが使うやつで、あまり業務用向きじゃないんですよ。でも、せっかくあるものを遊ばせておくのも何だから、大村君に相談したら、『工夫すれば業務用でも使える』と言うもんで、今回お願いしたんですよ」

二度目の援軍だ。

これなら切り出せる。

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