「篤」が「あつし」に変わるまで(8)
主要登場人物・団体
●僕・・・この物語の主人公。わたくし、大村あつしのこと。
●福島一郎・・・品川出版(株)の社長。実在する人物だが仮名。
●品川出版(株)・・・在京の出版社。実在する会社だが仮名。
●宮城社長・・・私の経営していた会社の主要取引先の社長。実在する人物だが仮名。
Episode 8
- 2つの「たら・れば」 -
「わかりました!」
実は何もわかっちゃいない。
何がなんだかわからないが、とにかく僕が本を書けばこの人が本を出してくれる。
どうもそうらしい。
本ってそんなに簡単に出せるものなのか?
いや、しかしこの人は出版社の社長だ。
まさか、思い付きでや気まぐれで「出版しようよ」とは言わないだろう。
でも・・・本当に僕でいいのか?
本当に僕なんかが本を書いていいのか?
いや、そもそも自分に本なんか本当に書けるのだろうか・・・
僕は、再び思考の迷路の中をさまよい始めていた。
だめだ。
考えれば考えるほどわからなくなる。
とりあえず考えるのはやめにしよう。
これ以上考えても仕方がない。
これ以上ここにいてもらちがあかない。
とにかく、早く家に戻ってさっそく取り掛かってみよう。
幸い、接客を終えた憂鬱なオペレーターは、パソコンの前には座らずに自分の机で雑誌を広げて読んでいる。
もう僕の説明を受ける気もないのだろう。
福島社長の登場は、彼女にとっても予期せぬ援軍だった、ということか。
そうとなれば話は早い。
百人一首はまた次の機会でいいだろう。
人間の運命に「たら・れば」はないと言う。
しかし、あの日、あの時間に僕があそこにいなければ。
いや、仮にいたとしても、もしMacの電源が消えていたら。
今でも、この2つの「たら・れば」が頭をよぎる。
その後、実際に自分の本が世に出るまで、いくたびもの「たら・れば」の綱渡りをしなければならないことなど、家路を急ぐ僕には知る由もなかった。
