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2008年01月31日

毎日小学生新聞

ボクは子どもがいないため購読しておらず、昨日まで忘れていたのですが(^_^;)、毎日小学生新聞にインタビューが掲載されました。


mainichi.jpg


あのインタビューが、子ども向けになるとこんな記事になるのかと、楽しみながら読ませてもらいました。

しかし、こうした新聞や雑誌が届くたびに思うのは、

「昔のインタビューが載った新聞、雑誌はどこに行ってしまったんだろう(T_T)」

ということです。

一応、「マスコミ登場データ」というページを作ってはみたものの
⇒ http://www.fushicho.com/media/

感覚的には、全体の3分の1も載せることができていません・・・

まあ、整理整頓をしない、また、あまり過ぎたことに興味がない自分の性格が原因で、自業自得なのですが・・・

ちなみにボクは、2004年の7月17日に人生をリセットしているので、その前の新聞・雑誌記事は、紛失したのではなく、あえて捨て去りました。

そういえば、『エブリ リトル シング』が、昨年、TBSの「王様のブランチ」で紹介されていたことも、つい最近、友人に聞いて知りましたが(正直、見たかったです(T_T)、そもそも、アシスタントもいないのに、すべてのデータを把握しようというのが無理なんですね(^_^;)

2008年01月29日

中学校の校内放送

こちら のブログのコメントで、以下の情報を教えてもらいました。

> 中学同級生のべるこです。
> 先日、子供の通う中学校の給食の時間に『クワガタと少年』のCDが放送されたそうです。
> 友達に「この話、お母さんの同級生が書いたんだよ!」と言っても信じてもらえなかったとか。。。
> 大村君の想いは確実に富士市の子供たちに届いていますよ。素晴らしい贈り物を有難うございました。

なるほど!
朗読CDを校内放送とは、学校の先生も妙案を考えてくださったものですね(*^^*)
素直に嬉しいです。

ちなみに、どこの中学ですか?>べるこさん

ひょっとしてボクの母校かな・・・

2008年01月23日

PAGE2008カンファレンスの打ち合わせ

本日は、PAGE2008カンファレンスの打ち合わせを行いました。

⇒ PAGE2008カンファレンス

ボクと一緒に出演する、上記ページの萩原雅之さんと神田敏晶さんは、ネットの世界では知らない人はいないほどの著名人であり、数年来の友人でもあります。

有料セミナーではありますが、萩原さんも神田さんも、価格に見合った講演をしてくれるはずです!

もちろん、ボクも微力ながらも、大胆に、今後の書籍マーケットについて予測、論じたいと思っています。

ご興味のある方は、ぜひ、ご来場ください!

2008年01月22日

富士市民さんから訂正をいただきました(^^ゞ

ボクの 1月2日のブログ に対して、富士市民さんから訂正が入りました。

まずは、富士市民が読んでくださっていることが嬉しいですね♪

で、訂正箇所なのですが・・・

> 富士山の頂上は、富士のお隣、富士宮市です。・・・も、ちょっと違って、正しくは、山頂は現在何県とも何市とも決まっていません。
> だから、地図を見ると、県境の境界線が書いてないんです。

そうですか・・・
ボクは、富士市、富士宮市、あと山梨県のなんとか市(なんとか市の方、すみませんm(_ _;)m名前がわかりません)の3市で分け合っていると、学校で習ったのですが、先生の勘違いか、その後、変わったのかもしれませんね。

ちなみに、富士山頂の土地の所有者は富士宮の浅間神社であるために富士山頂も富士宮市と主張する人もいますが、これはもちろん勘違いです。

東京都に住むボクが富士市に土地を持っていても、その土地が東京都にはならないのと同じことです。

もっとも、富士山頂=浅間神社説は間違いで、戦後の裁判で所有権を競って国に敗訴した、と言っている友人もいます。

>そして、ジェットコースターFUJIYAMAは、お隣、山梨県の富士吉田市です。御殿場ではありません。(´・д・`=´・д・`)

m(_ _;)m
ずっと、御殿場だと思ってました(^^ゞ

> 自分も、富士市から見る富士山が大好きです。富士市から見る富士山が一番きれいで美しい!!と思っています。。。(ノ≧▽≦)ノ宝永山とのバランスも最高!!

まさしく!
この宝永山ですよね!

ボクの小学校の卒業祝いは、全校生徒、富士山の形をした文鎮だったのですが、ちゃんと宝永山が再現されていましたよ!

今度、帰省したら、宝永山を見たいな・・・

> 富士市は、富士山はもちろん、かぐや姫伝説もあるし、源平ゆかりの地も多々あるし、紙は生産量日本1だし、実は自慢できるところはいっぱいあります!!本当に富士市長がんばれ!!と思いますよね。

このかぐや姫伝説、富士市は町おこしが下手すぎますね。
日本最古の小説の誕生の地で、そもそも、諸説ありますが、富士山(不治山)の由来になっているとも言われています。

ちなみに、宣伝ではないのですが、3月発売の僕の新作、『エブリ リトル シング2.0』の舞台は富士市です、ムフフ(^^)v

2008年01月17日

得したような、損したような・・・

東京は雪だそうですね。

ボクは、一昨日の本の寄贈式のために静岡に戻り、そのまま実家で缶詰で執筆をしていますので、雪を見ていません。

ボクの実家のある富士市は、その地形要因で、絶対に雪が降りません。
本当に、粉雪が10年に一度、降るかどうかでしょう。
積もるなんて事はありえません。

夏は暑くなく、冬は寒くない。
日本一寒暖の差がなく暮らしやすい。
それが富士市なのです。

寒いときに東京にいなくて良かった、と得した気持ちもありますが、東京タワーのそばから舞い降る雪を見るのもまた一興ですので、ちょっと損したような気持ちでもあります。

2008年01月15日

富士市での寄贈式

本日は、ボクの地元富士市で、『クワガタと少年』の寄贈式がありました。

ボクの財力では安くない出費となりましたが、富士市のすべての小中学校に『クワガタと少年』をプレゼントしました。

というのも、ボクには忘れられない強烈な思い出があります。

それは小学校3年生のとき。

読書の時間に『泣いた赤おに』を読んだとき、ボクは、先生に「おしっこ」と嘘をついてトイレに駆け込み、涙を流しました。
今でもそうですが、当時のボクにとって、人前で泣く(ましてや女子の前で!)のは、死にたいくらいに恥ずかしいことだったのです。
だから、慌てて、その場を離れたわけですが、トイレの中で、ボクは、ある疑問と対峙していました。

「涙って、痛いときに出るもんじゃないのか? 痛くもないのに、なんでボクは泣いているんだろう?」

そしてボクは学びました。

人間は、感動したときにも泣くんだ!

そして、本にはその「感動」を与える力があるんだ!

せめて、ボクの地元の富士市だけでもいい。

ボクが幼いながらも『泣いた赤おに』で人生観が変わったように、今の子どもたちが『クワガタと少年』で何かを感じてくれれば、今回の「安くない出費」も「痛く」はありません。

別に、本のPRのためにしたわけではないのですが、教育委員会がマスコミに投げ込みをしていたらしく、4社の新聞社が寄贈式の会場にいらっしゃいました。

そして、寄贈式後、ぶら下がり取材を受け、本日、我が家で購読している新聞にも寄贈式の模様が報じられていました。

残りの新聞は、残念ながら確認が取れていませんが、きっと、友人などから連絡が来ると思うので、その話の内容から記事をイメージしたいと思います。

「この『クワガタと少年』を書いたのは、ボクたちと同じ富士市に住む人なんだ」

子どもたちが、そんな会話をしてくれれば、それだけでも『クワガタと少年』を書いた意味があると痛切に思います。

2008年01月08日

川野太郎さんと『クワガタと少年』

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今日は、川野太郎さんと食事&カラオケに行きました。

川野さんといえば、説明は不要だと思いますが、平均視聴率が40%を超えていた(昨今の紅白より高いですね)「澪つくし」でデビューし、その後も、俳優のみならず、ワイドショーの司会やレポーターなど、幅広く活躍している方です。

ボクより7つ年上なのですが、元早稲田野球部で、一時期はプロを目指していた立派な体躯を持った二枚目で、なによりも、本当に気さくな方です。

上の写真の川野さんの顔は、普段、みなさんが見ている顔と違っていると思いますが、はっきり言って酔っ払っています(笑)

ただ、そんなところにお人柄がしのばれます。

きっかけは、子育てや朗読に熱心な川野さんは、日頃から絵本にアンテナを張っているらしく、ボクの『クワガタと少年』が目に留まったそうです。

泣きながら読んでくださったそうです。

そして、その後、『クワガタと少年』は『エブリ リトル シング』の第一話であることを知り、次に『エブリ リトル シング』を読んで、大いに感激してくださり、関係者を通じてご連絡をいただき、このたびの食事会となりました。

川野さんは、『クワガタと少年』を家に持ち帰り、朗読CDをセットしたとき、小学校3年生のお嬢さんは何かに熱中しており、6年生の息子さんは、熱を出して寝ていたそうです。

そして、朗読の再生が始まったのですが、お嬢さんはピタッと手を止めて聞き入り始めたそうです。
息子さんは目を閉じていたので、川野さんは、寝ていると思ったそうです。

そして、朗読の再生が終わったときに、お嬢さんは号泣。
ふと見ると、息子さんが目を開けたとき、その瞳は涙で潤んでいたそうです。

その後、川野さんの奥さま、彼らのお母さんが帰宅すると、娘さんが、お母さんに本を朗読して聞かせ、お母さんも思わず涙。

自分の作品が、日本中のあちこちで、こんな具合に一家団欒に一役買っていると思うと、本当に作者冥利に尽きるとはこのことですね。

そして、大人の川野さんは、『クワガタと少年』だけでなく、

「とにかく、『エブリ リトル シング』に感動した。
あんな話が書ける人の頭の中を覗いてみたい」

と、食事中に何度も仰っていました。

朝5時までのカラオケも含め、本当に楽しい一夜でした。

2008年01月03日

新聞で「大村あつし特集」

本日3日、静岡の新聞で「大村あつし特集」を組んでいただきました。

下の広告を除けばまるまる一面を使っての大特集で、かなりの大迫力です。

今、実家にいてスキャナがないので画像はアップできませんが、一問一答のインタビューのほか、写真も2枚掲載されています。

この写真が、実物よりもよく映っており(笑)、今後の宣材写真に使えないかとも考えましたが、まあ、ボクはタレントではありませんので、宣材写真は必要ありませんね(^^ゞ

それよりも、特集記事を読みながら、1年前の1月3日を振り返ってみました。

こちら に書いてあるとおり、1年前の正月は、ブログでは気丈に振舞っていますが、孤独と不安でギリギリの精神状態に追い込まれていた、人生最悪の正月でした。

「孤独」に関しては、その理由は伏せますが、「不安」というのは、ボクは、2004年の7月に

「3年頑張って作家を目指そう。しかし、いつまでも『執着』するのも人生の浪費。ダメだったら、富士市に戻って起業しよう」

と誓って上京しました。

すなわち、2007年の7月がデッドラインだったのです。

にも関わらず、1月の時点では、デビューどころか、売り込み先も底をつき始め、2006年の売り込みの失敗を引きずっての正月三が日でした。

正直、富士に戻る決意は95%固まっていました。
それまでの売り込みで、作家デビューがいかに難しいかを痛感していたからです。

ところが、その1年後には、「作家、大村あつし」として特集を組んでいただき、『エブリ リトル シング』のベストセラーの秘訣や、「もうすぐ『エブリ リトル シング2』が出ます」と話しているのですから、本当に自分は強運だと思います。

決して、実力だけで成し遂げられたことではありません。
デッドラインギリギリで、最後に幸運の女神が微笑んでくれた賜物です。

ということで、今年の最初の勝負は『エブリ リトル シング2』となるでしょう。

今日の新聞のインタビューでも答えていますが、「作家になる」という夢は叶えました。

となれば、次の夢、いや目標は言うまでもありません。

「作家でい続けること」です。

これは、昨年以上に頑張らなければなりませんね!

2008年01月02日

あけましておめでとうございます

みなさま
あけましておめでとうございます

本年も何卒よろしくお願い申し上げますm(_ _)m

さて、下の写真ですが、これは、実家のそばから撮った富士山の写真です。

20080102160102.jpg

問答無用に綺麗ですよね。

しかし、何か、邪魔だな、と思いませんか?

それはずばり、電線です。

ボクが富士市長だったら、地下電線にして、徹底的に景観にこだわるところですが。

それから、当然にして富士市長はこのブログはお読みでないわけですが、もう1つ、市長に注文があります。

それは、富士市があまりに全国的にマイナー過ぎるのです(トホホ)

ボクが上京して驚いたのは、「出身は?」と聞かれて「富士市」と答えても、9割りが知らないのです_| ̄|○

東隣の沼津市、西隣の静岡市、北隣の富士宮市はみんな知っているのに、この3市に挟まれた富士市を誰も知らないことには、本当に驚かされました。

これは、上述の景観にも絡んできますが、富士市の町おこしの下手さが如実に表れている例だといえるでしょう。

たとえば

「日本で一番富士山が美しく見られる町、富士市」

のように、本気で町おこしをしないと、この状況は変わらないでしょう。

人口が24万人もいて、今年には市町村合併で26万人になろうかという市が、全国的には

「それどこですか?」

「富士、ということは、富士山のそばですか?(そばもなにも、富士山の頂上は富士市です。ですから、市外局番を回さなくても、富士市民は富士山頂と通話が出来ます。もっと言えば、駿河湾に接しているので、海抜0メートルから3776メートルと、日本一高低差があるのが富士市です)」

「あ、富士市、行った事ありますよ。FUJIYAMAって、日本一のジェットコースターですよね(それは御殿場市です_| ̄|○)」

と、こんな扱いを受けているのです(T_T)

富士市長! 頑張ってください!