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2008年07月31日

「新宿7キャンプシアター」に行きました

今日は、「新宿7キャンプシアター」に行きました。

これは、歌舞伎町のはずれに巨大テントを作って劇場にしてしまい、そこで日替わり座長でお芝居をするという、お笑いで歌舞伎町の浄化しようという目的も持ったイベントです。

今日の座長は藤井隆さん。
その他に、ハリセンボンや友近さんも出ていましたが、キャパ200名程度なのに満員になっていませんでした。

これは、単純に告知不足だと思います。
この豪華キャストなら、500名は余裕で集客できるでしょう。

今日の演目は「アイランドミステリー 恋人は宇宙人」

舞台のエブリで親友となった森山栄治と一緒に観に行きました。
正直、演目目当てではなく、これまた舞台のエブリで親友となった児玉絹世が本人役で出演しているためです。

お芝居というか、一応台本はあるのですが、なにせ出演者がお笑い芸人ですから、大まかなプロットはあって、あとはアドリブで進行していく、という感じの舞台で、絹代だけは一生懸命、アドリブなしでテニス部のアイドル役をやっていました。

その後、栄治と絹代と3人で食事。

楽しい一時でした(*^^*)

たまにはこうした時間も作らないと、せっかくの縁も疎遠になっちゃいますからね。

明後日も、エブリに出た女優と食事ですが、現時点では伏せておきます(*^^*)


⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月28日

『エブリ リトル シング』韓国語版

『エブリ リトル シング』の韓国語版の発売が始まりました。


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当たり前ですが、何が書いてあるかさっぱりわかりません。

すでに、表紙から、意味不明です(^_^;)

ただ、それよりもわからないのは、この本が韓国でどのように扱われているのかです。

たとえば、日本だったら、「紀伊國屋の話題書のコーナーに平積みされていたよ」とか、情報が入るわけですが、どのように売られていて、実際に売れているのかどうかもわかりません・・・

さらに気になるのは、韓国人の方からメールをいただいているのですが、文字化けしてしまっていて読めないのです。

韓国から来たメールは、どうしたら読めるんでしょう・・・

あ、そうそう。

舞台ネタは終わりのつもりでしたが、舞台の初日に「ゲネプロ」といいまして、マスコミや関係者だけを集めて、本番どおりに演じる「お披露目」があります。

その後、井上和香さんとゆっきー(川村ゆきえ)が囲み取材を受けていたので、ボクは、永やん(永山たかし)やプロデューサーと一緒に見ていました。

プロデューサーは、多分、何かの不測の事態に備えるためでしょう。
(永やんがなぜいたのかはわかりません(笑)

ボクは、囲み取材の後、ボクと和香さんの2ショットが欲しいという要望が一部マスコミにありましたので、待機していたわけですが、いずれにせよ、和香ちゃんとゆっきーの前にはたくさんのテレビカメラとカメラ。

これ、どうこで放送されるんだろうと思いつつ、テレビを見る間ものなく、すっかり忘れていましたが、そのときの模様がこんなところに載っていました

⇒ TBS芸能動画ニュース配信「DUNK」

2008年7月11日のところに載っています。

まぁ、それはともかく、韓国から来たメールの読み方、どなたか教えてください(T_T)


⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月24日

生涯の宝物

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舞台ネタも、今日で最後でしょうか。

今回の舞台を通じて、それはそれは多くのものを得ました。

一番尊いのは、もちろん、出演者やスタッフなどとの「友情」「信頼」という無形のものですが、有形のものもいくつか手元に残りました。

その中で、ボクが一番嬉しかったのは、文句なしに小宮さんのサインです。


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コント赤信号。

子どもの頃、大好きでした。

小宮さんとラサール石井さんが「アニキー」と舞台袖から舞台中央に走っていくと、ド派手な服を着た渡辺正行さんが

「どうした! おめぇら」

とサングラスを外す。

このなんともいえないナンセンスが、子どもだったボクの笑いのツボにはまっていたものです。

その小宮さんに色紙を差し出したら

「うーん、何を書こう。なんて書こう」

と悩みながら、一文字一文字、心を込めて書いてくださったサイン。

これは、生涯の宝物ですね。

ということで、最後は(ピンボケですが)、小宮さんの写真で舞台ネタを締めくくります。


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⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月22日

My challenge has just begun

舞台、『エブリ リトル シング』、ついに幕を閉じました。

劇場で最後のシーンを観た時には、とてつもない虚脱感に襲われました。

舞台のオファーをいただいたのが4月上旬。

たったの3ヶ月。

でも、この東京生活の4年間で、もっとも濃い3ヶ月だったと言っても過言ではありません。

ちなみに、ボクは、この3ヶ月の間に、小説も1本、書いています。

ただ、ドンちゃん騒ぎの打ち上げが終わる頃には、こんな気持ちになっていました。

「The festival is over.
My challenge has just begun!」

この舞台で、ボクの東京生活の最初のチャレンジも一区切りです。

これからは、新しいチャレンジが始まります。

そうです。

ボクは、まだスタート地点に立っただけなのです。

今日は、昨夜の打ち上げの写真を眺めながら、実家でのんびりするとします。

下の写真は、和香さん(井上和香)、ゆっきー(川村ゆきえ)、永やん(永山たかし)、絵梨奈(水野絵梨奈)、べっちん(別紙)です。

ボクが手にしているのは、『エブリ リトル シング』の韓国語版です(これについては、後日、またブログに書きます)


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下の写真は、「ELTガール」こと、在(太田在)、こまちゃん(小松彩夏)、あゆみちゃん(折井あゆみ)、ゆっきーで、やはりボクは『エブリ リトル シング』の韓国語版を手にしています。

そうそう。
「ELTガール」のネーミングにクレームを付けたら、ボクのブログを読んでいる在に、「細かいこと気にしないの!」と言われてしまいました(^^ゞ


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下の写真は、だいちゃん(DAIZO)です。
ここでもボクは、『エブリ リトル シング』の韓国語版を・・・って、くどすぎますね(笑)
しかし、ボク、下着出すしすぎです(苦笑)


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そして、下は、「ヴィトン男」じゃなくてマイマイ(今井恒弁)です。
ここでもボクは、『エブリ リトル シング』の韓国語版を・・・(゚O゜)☆\(--;)


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みんな話に夢中で、あまり写真は撮らなかったな~

小宮さんの貴重な写真があるのですが、これはまた後日

一番に印象に残っている話は、以前、こまっちゃんとご飯を食べたときに、なぜそんな話をしたのか、いきさつは忘れたのですが、ボクが住んでるマンションの話をしたことがあります。

で、こまっちゃんが、

「大村さんって、高くて広いマンションに住んでるんですよね~」

なんていうもんだから

「いや、高いかどうかはともかく、確かに一人で住むには広いよ。
だって、元々は彼女と住んでたんだから」

といったら、在が猛烈に反応。

「え! 彼女と別れてどれくらい?」(在)
「うーん、1年半以上経ったかな」(ボク)
「そんなに彼女いないの!」(在)

って、余計なお世話だぞ!在!(笑)

ということで、これから新しいチャレンジをするに当たって、真面目な話、一緒に住んでくれる人が恋しくなったボクでした。

真面目に恋人募集中です!

そういえば、元カノが焼きもちをやいて、和香さんのDVDとか写真集を昔、捨てちゃった話も和香さんとしました。

まさか、そんな恥ずかしい話を、本人にする日が来るとは・・・

人生は本当になにが起こるかわかりませんね(笑)

⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月16日

「ELTガール」って・・・(T_T)

下は、ゆっきーこと川村ゆきえちゃんのブログです。

⇒ http://kawamurayukie.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_1b2f.html

ゆっきー、在ちゃん(太田在)、こまっちゃん(小松彩夏)、あゆみちゃん(折井あゆみ)の4ショットは、確かに貴重だと思います・・・

でも・・・

「ELTガール」って・・・(T_T)

まるで、アーティストのELTの親衛隊みたい

まぁ、誰が名付け親か、推測するまでもないんですが(笑)

せめて、「エブリ・ガールズ」にして欲しかった(爆)

普段から、『エブリ リトル シング』のことを「エブリ」「エブリ」って呼んでるのに、なぜに、「ELTガール」なの?

しかも、4人いるのに単数形だし

って、くどいようですが、誰が名付け親かは推測するまでもありません(笑)

⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月14日

『エブリ リトル シング』パンフレットに寄せた言葉

スケジュールが詰まっているので、18日まで舞台、『エブリ リトル シング』を観に行く予定はありません。

となると、やっぱり、観客のみなさまの反応が気に掛かります。

特に、12日に観た時に、一点、とても気に掛かっていたことがあって、13日に観劇なさる観客のみなさまがどうお感じになるのかも心配していました。

そこで、mixiの日記検索で「エブリ リトル シング」と入力してみると・・・

たくさん検索にかかりました。

とても好評のようで、安堵するとともにとても嬉しかったのですが、お一人だけ、パンフレットの最初のページに寄せた、ボクの言葉を日記で引用してくださっている方がいらっしゃいました。

とても嬉しかったです(*^^*)

考えてみると、パンフレットって、劇場に行った方しか入手できないんですよね・・・

そこで、パンフレットに寄せたボクの挨拶を公開します。

これからパンフレットを購入予定の方は、決して読まないでください(^^ゞ
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挨拶文

「現実が夢を超えた時にその気持ちをどう表現すべきか、学校では教えてくれなかった」

 私達は誰もがハンデを背負っています。身体的な事だけではありません。家が裕福でない。勉強が苦手。女性であるがために役職に就けない。でも、『エブリ リトル シング』の登場人物達は、「言い訳」を探していた自分に気付き、やがては、与えられた環境の中で「方法」を探し始めます。

 そうは言っても、「今さらもう遅いよ」と仰るかもしれません。しかし、チャレンジするのに遅過ぎる事が果たしてあるのか、私は常々疑問でした。なぜなら、未来から見たら今の自分が一番若いのですから。

 学校は確かに重要な知識と過去を教えてくれる場です。でも、本当に大切なのは知恵と未来であると思えてなりません。また、そんな気持ちで日々を生きてきた私が、自作の舞台化が決まった時に出演者全員の前で思わず漏らしたのが冒頭のセリフでした。

 本公演『エブリ リトル シング』では、学校では教えてくれない、しかし、充実した幸福な人生を歩むための「秘訣」が役者の熱演からほとばしっています。

 芝居を楽しむだけでなく、皆様が明日からの活力を胸に劇場を後にしていただければ、原作者としてこれ以上の喜びはありません。

                                         大村あつし

⇒ 『エブリ リトル シング』

2008年07月13日

舞台『エブリ』の「A」と「B」を観ました

11日と12日、舞台『エブリ』の「A」と「B」を観ました。

どちらも素晴らしかったです♪

稽古場で通し稽古は見ていましたが、やはり劇場で見ると違いますね。

もちろん、スポットライト、音響、衣装などの違いはありますが、一番驚いたのは、スクリーンをフル活用していたことです。

稽古場にはスクリーンはありませんでしたので、これには感激しました。

元々素晴らしい役者の演技を、さらに引き立たせていました。

実は、今回の舞台のお話をいただいた時に、「二重の意味」で「お客様を後悔させられれば」、このお芝居は大成功だと思いました。

もし、「A」を1日だけ買った方がいたとしましょう。

1つは、その方が、「しまった! こんなに面白いなら、もっと「A」のチケットを買えばよかった」と後悔してくださる。

もう1つは、「しまった! 「A」がこんなに面白いなら、「B」のチケットも買えばよかった」と後悔してくださる。

もちろんその逆で、「しまった! 「B」がこんなに面白いなら、「A」のチケットも買えばよかった」というケースもあるでしょう。

いずれにせよ、観客のみなさまにそう感じていただける、素晴らしい舞台だったと思います。

今日は、観劇後に、友人と食事。


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左は女流写真家の中村豊美さん。
右は女優の岡村亜紀さんです。

二人とも、とても舞台を楽しんでくれました(*^^*)

ちなみに、豊美さんは、7月下旬より、合同個展を開きます。

ボクの『エブリ リトル シング2.0』のカバー写真も豊美さんの作品です♪

2008年07月10日

井上和香さんとの3メートル(最終回)

ぜひ、(1)からお読みくださいm(_ _)m

⇒ http://fushicho.com/blog/2008/07/post_504.html

また、あらかじめ、毎日新聞の和香さんとボクの対談をお読みくださいm(_ _)m

⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」

そして、下の写真を覚えておいてくださいm(_ _)m
2004年12月27日の撮影です。


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さて、年も明けて2005年。

いよいよ、前の年に集めた名刺を頼りに本格的な原稿の売り込みを開始したわけですが、「1年もあれば、どこかが出版してくれるだろう」という楽観的な期待は裏切られ、実際に『エブリ リトル シング』が出版されたのは、2007年の5月。

当初決めていた、「売り込み期間は3年」というそのタイムリミットの2007年6月まで、あと2ヶ月弱という時期でした。

この2005、2006年については、多くを語るつもりはありません。

ただ、2006年8月3日のブログを紐解くと、ボクはこんな事を書いています。

---------------------------------------------
4月からいろいろと頑張っているのですが、すでに4ヶ月が経過するのに、なかなか事態が進展しません。

今のボクは、さながら灼熱のアスファルトに投げ出されたミミズですね。
心の栄養がどんどん蒸発して、干からびていくのがわかります。

<中略>

何十回、これを繰り返せばいいのか・・・

そろそろ恵みの雨が欲しいです。

でなければ・・・

本当に干からびてしまう・・・
---------------------------------------------

「10億やるから、あの2年をもう一度過ごせ」と言われても、迷うことなく拒否します。

さて、この連載を通じてボクが訴えたかったことは・・・

「人生に無駄な経験はない」ということです。

2004年の2月に創業会社を失った末のうつ病との闘い。
苦しかったです。
でも、この苦しさがあったから、より苦しい2005年、2006年を乗り切れたともいえます。

また、ボクは、「願えば叶う」とか「想いは具現化する」とか「すべては必然」なんていうつもりはありません。
実際、ボクは、和香さんに主演を演じていただく事をイメージしながら売り込みをしていたわけではありません。
また、ボクの作品が舞台化され、その主演が和香さんになったのは、正直、「偶然」だと思っています。

しかし、「小説で生活ができる」、そんな夢のようなことが現実になる。
これは「信念」として持っていました。
たとえ「執着」や「願望」は叶わなくても、「信念」は叶います。
少なくとも、ボクはそう信じています。

また、「人生に無駄な経験はない」に戻りますが、デビュー作が出るまでに、それはそれは、何度も改稿を繰り返しました。
『エブリ リトル シング』の出版OKをいただいた原稿は、第20稿くらいだと思います。
ちなみに、最初のタイトルは『かけらを見つけた夏休み』でしたが、編集長に却下されました。

でも、売り込みで落されてくさって終わるか、どうしたら出版してもらえるのか。
結局はこの二者択一なわけですが、ボクは、来る日も来る日も、後者のことを考え続け、そして、そのときの気持ちや学びを小説に取り入れながら改稿を繰り返していきました。

そんなある日です。
井上和香さんとの3メートルのことが頭をよぎりました。

たったの3メートル。
されど3メートル。

このテーマを、小説に取り入れることはできないだろうか?

そうして生まれたのが、バーのカウンター越しに恋をする、「彼女はいつもハーティーに」です。
主人公たちは、1メートル先の人にお互いに恋をしているのですが、その距離がなかなか縮まらないもどかしさ。
自分でも、よく描けていると感じています。
なぜなら、3メートル先の井上和香さんを見たときの気持ちを、その作品にぶつけているからです。

おかげさまで、以前、読者投票をしたときに、「彼女はいつもハーティーに」は、「クワガタと少年」を押さえて、『エブリ リトル シング』の中で一番の人気作に選ばれました。

やっぱり・・・
人生に無駄な経験はないんだと思います。
壇上の和香さんの写真を見たときに抱いた透明無色の虚無感が、小説の中では生き生きと鮮やかな彩りを添えているのですから。

また、ボクは、和香さんとの3メートルを、この4年間で0メートルにできたとも思っていません。
彼女は今でも大スターですし、ボクは、まだまだ駆け出しの物書きです。

でも、4年後に、ボクはどのような気持ちでこのブログを読み返しているでしょうか。

実は、「ある自分」がイメージできているのですが、それをここで記すのはやめておきます。

ただ、信念さえ持って日々を頑張っていれば、4年後には「ある自分」になっていることと思います。

そして、いよいよ明日、舞台、『エブリ リトル シング』の幕が開きます。

同時に明日は、これからの4年間の幕が開く日でもあるのです。

     <了>

◆舞台『エブリ リトル シング』、公式ページ
⇒ http://www.nelke.co.jp/stage/elt/

2008年07月09日

井上和香さんとの3メートル(4)

ぜひ、(1)からお読みくださいm(_ _)m

⇒ http://fushicho.com/blog/2008/07/post_504.html

また、あらかじめ、毎日新聞の和香さんとボクの対談をお読みくださいm(_ _)m

⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」

そして、下の写真を覚えておいてくださいm(_ _)m
2004年12月27日の撮影です。


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「みなさま、こんばんは! 井上和香です」

これまでに、何百回聞いた声だろう。
昨日の夜も聞いたばかりだ。

いつもブラウン管の向こうにいた井上和香が、今、まさしく、あの壇上にいる。
昨晩、M-1グランプリで見たばかりの井上和香が、今、同じ空間にいる。

ボクは、困惑と緊張と興奮の3色の絵の具を塗りたくったような表情で、壇上に向かって歩を進めた。

「みなさん、昨晩はM-1グランプリ、ご覧になりましたか?」

すると、「見たよー!」とか「和香ちゃーん」の大合唱。
ボクも心の中で、「もちろん見たよ」と呟きながら、ついに井上和香を視認できる位置にまで近付いた。

マジかよ・・・
本物だよ・・・

慌ててデジカメを取り出すボク。
しかし、距離が微妙に遠い。
彼女は5~6メートル先にいる。

そこで、人波をかきわけてさらに距離を縮めようと試みたが、あと3メートルの地点で行き止まりとなった。

前にいる人たちはテコでも動かない。

それでも、井上和香にあと3メートルまで近づけたのだ。

ボクは、こんな幸運はないと、デジカメのシャッターを切り続けた。

「よし。今夜は、この写真を友達に送って自慢しよう!
なんたって、生(なま)井上和香だもんな」

その後、ボクは誰とも名刺交換をしていない。
和香さんが会場に到着したのはパーティーの終了間際。
そして、彼女が帰るのを見届けるかのように、寄稿家交流会もお開きとなった。

こうして、2004年、最後の「名刺集め」は、思わぬ形で幕を閉じた。

さて、では、ボクは、その時撮った写真を友達に送ったのか?

答えはノーである。

写真をパソコンに取り込んで見た時に、大きな虚無感に襲われたためだ。

3メートル先で、文字どおりスポットライトを浴びていた井上和香。
(これは、写真をご覧ください)

そんな彼女を夢中になってカメラに収めていたボク。

たったの3メートル。
されど3メートル。

当時は、原稿の売り込みどころか、売り込むために名刺集めをしていた、「作家」というポジションから見たら、もう底辺の底辺であがいていたボクは、その3メートルの溝を前に、ただただ暗澹たる気持ちに抗うしか術はなかった。

つづく

さて、みなさま、いよいよ、舞台『エブリ リトル シング』、明後日の11日に開幕です(*^^*)

◆舞台『エブリ リトル シング』、公式ページ
⇒ http://www.nelke.co.jp/stage/elt/

2008年07月08日

井上和香さんとの3メートル(3)

ぜひ、(1)からお読みくださいm(_ _)m

⇒ http://fushicho.com/blog/2008/07/post_504.html

また、あらかじめ、毎日新聞の和香さんとボクの対談をお読みくださいm(_ _)m

⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」

そして、下の写真を覚えておいてくださいm(_ _)m
2004年12月27日の撮影です。


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12月27日は、ホテルで某大手出版社の寄稿家交流会が開かれました。

その名のとおり、その出版社で本や記事、漫画などを寄稿している人の交流会なのですが、時期が時期だけに、忘年会、慰労会の色の濃いもので、下請けの編プロやら印刷会社、スポンサーやら、それはそれは多くの人が集まっていました。

500人前後はいたと思います。

ちなみに、話は1日前に遡りますが、12月26日の夜、当時すでに国民的な番組となりつつあった「M-1グランプリ」にチャンネルを合わせました。

「今年こそ、アンタッチャブルは優勝できるだろうか」とドキドキしながら・・・

しかし、番組が始まった途端、別の意味でボクはドキドキすることになります。

なんと、司会があの井上和香さんだったのです。

もちろん嬉しかったのですが、とても複雑な気持ちでした。

ほんのちょっと前までは、ボクはIT社長兼(日本一とも言われていた)ITライター。
かたや、和香さんはデビューしたてのグラビアアイドル。

しかし、あっという間に、和香さんはボクの手の届かないところへ行ってしまった。
和香さんが昇っただけでなく、ボクは転落していたので、その差は文字どおり天と地。

そんな複雑な心境になり、また、そんな心境を抱えたまま、翌日の27日に、ボクは友人に誘われてその寄稿家交流会に出席していました。

この日は、ボクが作家になるためのファーストステップである「編集者の名刺集め」の最後の日です。
思えば、東京に来てから半年間、随分と名刺を集めたものです。

そして、その日のパーティーでは、出版社の社員は、みんな、胸に緑のリボンをつけていたのですぐに判別が可能でした。
当然にして、面白いように編集者の名刺が集まりました。
(中には、営業部とかの名刺もありましたが)
ボクも、その日のためだけに作った、『作家 大村あつし』という「嘘の肩書き」の名刺を配りまくっていました。

そのときです。
背後から地鳴りがしました。
獣の咆哮のような音の正体は、男性たちの歓声でした。
(しかし、男の歓声は聞きたくないものですね(笑)

しかし、ボクの位置からはなにが起きているかわかりませんでした。
ただ、舞台に誰か上がったな、とはわかりました。
また、それが、男どもをして歓声を上げさせる女性であることも。

と、次の瞬間です。
ボクは、司会者の発した言葉に耳を疑いました。

「みなさん! 井上和香さんがご挨拶にお見えになりました!」

つづく

2008年07月07日

舞台の通し稽古に行きました(2)

本日は、「A」パートの通し稽古が行われるということで、見学に行ってきました。

「B」を「静」とするなら、「A」は「動」

とにかく、動きが激しく、観ていてとても元気になります。

稽古場でこれですから、舞台で、スポットが当たったら、一体、どうなってしまうんでしょう。

しかも、その上、舞台では、和香ちゃんはウェディングドレスを着るって、なんとも華やかなお芝居になりそうです。

本当に素晴らしかったです。

ということで、今回も、数枚、写真を撮ってきました。

まず、下の写真は、誰もがご存じの和香ちゃん、そして、直やん(郷本直也)と黒川恭佑君です。


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そして、下の写真は、こちらも誰もがご存じのゆっきー(川村ゆきえ)、そして、永やん(永山たかし)とゆーいちゃん(青谷優衣)です。


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稽古の後は、お決まりの「みんなで軽く一杯&食事」


みなさま、ぜひ、舞台に足をお運びくださいm(_ _;)m

◆舞台情報
⇒ http://www.nelke.co.jp/stage/elt/

2008年07月05日

井上和香さんとの3メートル(2)

ぜひ、(1)からお読みくださいm(_ _)m

⇒ http://fushicho.com/blog/2008/07/post_504.html

また、あらかじめ、毎日新聞の和香さんとボクの対談をお読みくださいm(_ _)m

⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」

そして、下の写真を覚えておいてくださいm(_ _)m
2004年12月27日の撮影です。


101_0166.JPG


さて、作家を目指して2004年の7月に東京に来たボクですが、医師のアドバイスとは関係なしに、元々、

「3年頑張ってもダメなら諦める勇気も必要」

がポリシーでしたので、作家を志すのは2007年の6月まで、それで芽が出なければ静岡に帰ろう、と決めていました。

それ以上しがみつくのは「執着」であって「信念」ではないからです。
『エブリ リトル シング』でも、この「執着」と「信念」の違いは大きなテーマとなっています。

ところが、当時のボクは今にして思えば幸運ですが、とても楽観的でした。
まさか、小説一冊出すのに、本当に3年もかかるとは思ってもいなかったのです。

ボクの作戦はこうです。

2004年の残された5ヶ月で、とにかく編集者の名刺を集めまくる。
理由はカンタンで、そうしなければ売り込みができないからです。

そして、年が明けたら、その名刺を頼りにコンタクトを取り、小説を売り込む。

正直、2005年中にはデビューできると微塵も疑っていませんでした。

さて、そうして、ボクの「編集者の名刺集め」の日々が始まったのですが、方法はいたってカンタン。

ネットで「出版パーティー」とか「出版セミナー」で検索をかけると、ボロボロと引っ掛かります。
セミナーの講師が編集者のときもあります。
また、パーティーには、たいてい、その本を手掛けた編集者が招待されています。
(時に、来ていなくて、お金をどぶに捨てたときもありましたが)

単純な作業ではありましたが、単純だからこそ、徐々に、ボクは焦燥感に駆られ始めました。

「早く、売り込みをしたい!」

ただ、悩みに悩んで、結局は、「とにかく、2004年は名刺集めに徹しよう」と決めた、そんなボクを襲った、忘れられない屈辱だけは記しておきます。

それは、ある著者の「小説の売り込み方」というセミナーでした。
12月某日でした。

実は、このセミナーは名刺集めではなく、まさしく、翌年からボクが必要とするテクニック「小説の売り込み方」、そのものずばりのセミナーが2004年も終わりに近付いた時に受けられるなんて、なんてボクは幸運なんだ、と思ったものです。

そして、ボクは、その時点で、名刺集めはあと1回、と決めていました。
ただ、「あと1回」といっても、「その1回」で相当、名刺が集まると踏んでいました。

ちょっと話が脱線しましたが、「小説の売り込み方」セミナーに出たボクは唖然としました。
話の内容は、

「どうやったら男にもてるか」
「どうやったらセックスがもっと楽しいものになるか」

みたいな、いわゆるサブカル系のハウツーものの本の企画書の書き方で、小説とは程遠いものでした。

そもそも、小説の売り込みが難しいのは、企画書で勝負できないからです。
そんなこと、ITライターを9年もやっていたボクは十分に知っていました。

とにかく、セミナーとは程遠い、内輪受けの下ネタ話のオンパレード。
そして、そのまま終了時間となったときには、さすがに温厚なボクも、怒りが沸点に達していました。

そこで、講師をつかまえて、

「小説の売り込み方、というから、高いお金を払って参加しました。
売り込み方を教えてください」

と尋ねると、驚愕の返事が・・・。

彼女は、品定めでもするかのようにボクの顔をその不快な目で舐めると、こう言い放ちました。

「小説ですか。あなたには無理ですね」

渋谷の会場からの帰り道、悔しくて涙が出てきました。

そのときボクは、慌てて路地裏に隠れて嗚咽したのですが、実は、『無限ループ』という作品の冒頭のシーンは、このときの情景を客観的に思い出しながら描いたものです。

ただ、電車に乗るころには涙も乾き、ボクは気持ちを切り替えていました。

「よし! 名刺集めもあと1回! 12月27日だ。この日は、死ぬほど名刺が集まるぞ!」

つづく

2008年07月04日

井上和香さんとの3メートル(1)

昨日、毎日新聞に以下の記事が載りました。
お時間のある方は、ぜひとも、記事をお読みくださいm(_ _)m

⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」

舞台と小説の『エブリ リトル シング』に関して、和香さんとボクが対談しているものですが、記事中には写真が何枚かあります。

和香さんとボクが並んで座り、対面のインタビューアーの質問に答えながら、また時に2人でしていた雑談が記事にまとめられたものです。

短い記事ですが、実際には、かなりの長時間、話しています。

さて、では、なぜこんな話をしているのかですが、決して、自慢したいわけでも、鼻の下を伸ばしているわけでも、和香さんの魅力に骨抜き地蔵になっているわけでもありません(笑)。

とても大切な「あるお話」をしたくて、この記事を持ち出しました。

さて、次に、下の写真を見てください。


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忘れもしません。

2004年12月27日に撮った写真です。

時は、この写真を撮った日から2年ほど遡ります。

当時、ボクは、IT会社の社長として、ある意味、恵まれた生活をしていました。
ITライターとしても、その頃から「日本一」と言われるようになっていました。

すべてを持っていたボク。

しかし、1つ、失ったものがありました。

それは・・・

井川遥さんが女優宣言をして、応援するグラドルがいなくなってしまったのです\(◎o◎)/

当時、グラドルおたくだったボクにとっては、この心に空いた穴はとてつもなく大きく(←大袈裟な(笑)、次に誰を応援しようか、そう思っていたときに、颯爽と登場したのが井上和香さんでした。

もの凄い数のグラドルがデビューする中、ボクは、「和製マリリンモンロー」の称号がふさわしい、和香さんの虜になっていきました。

もっとも、静岡で会社を経営しているボクと、華やかな芸能界で活躍する和香さん。
なにをどうやっても、2人の道が交わることなどありえません。
また、そんなことがないからこそ、「アイドル」として、テレビや写真集で、客観的に応援できるともいえます。

ところが、ボクは「静岡の会社の経営者」ではなくなってしまいます。

和香さんのデビューから約1年半後、ボクは、あろうことか、創業会社を、自分の会社を失うことになります。
代表取締役の辞任を余儀なくされたのです。

2004年の2月のことでした。

それからの喪失性うつ病との闘いの中で、ボクは、医師からある言葉をいただきました。

「もし、お金が許すなら、仕事のことは忘れて、3年間、好きなことだけやってみなさい。
3年は、あくまでも目安で、実際には、好きなことだけしていれば、あなたの場合なら数ヶ月で病気も治りますよ」

今にして思うと、医師は、「あくまでも趣味で」というつもりだったと思います。

しかし、ボクは大いなる勘違いをしました。

医師に「その道でプロになれ」とアドバイスを受けたと思ったのです。
そして、それが、うつ病を治す最善の治療だと。


こんな勘違いを胸に秘めて、そして、夢だけをバッグに詰めて、ボクは2004年7月17日に上京しました。

作家になるために・・・

もちろん、そのときのボクは、その4年後に和香さんと対談することになるとは露ほども思っていませんでした。

つづく

2008年07月03日

舞台の通し稽古に行きました

本日は、舞台『エブリ リトル シング』の「B」バージョンの通し稽古が行われるということで、厳しいスケジュールを縫って見学に行ってきました。

泣きました。
3回、泣きました。

笑った数は覚えていません。
脚本どおりなのかアドリブなのかわかりませんが、さすが小宮さん、存在感ありすぎです!

本当に素晴らしい舞台です。

ぜひとも、みなさまには足を運んでいただきたいと思います。

◆舞台情報
⇒ http://www.nelke.co.jp/stage/elt/

で、これだけの人数が顔を揃えることは滅多にないので、みんなで写メを撮りまくりました。

まず、下に映っているのは聖(篠谷聖)との2ショットです。


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そして、下は、こまっちゃん(小松彩夏)、絹世(児玉絹世)、在(太田在)と撮りました。


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下は、こまっちゃん(小松彩夏)、マイマイ(今井恒充)、そして、見切れているのが栄治(森山栄治)です。栄治が見切れているのは、永やん(永山たかし)が意図的に栄治を見切りました(笑)


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最後は子役の義人(岩義人)、絹世(児玉絹世)、そしてだいちゃん(DAIZO)です。


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ほかにもありますが、重複もありますので、これくらいにしておきます。

舞台稽古の後は、栄治、だいちゃん、こまっちゃん、優ちゃんと5人で食事に行きました

本当に、本当に素晴らしい舞台になりますよ!>みなさま


◆『エブリリトルシング』 mixiレビュー
⇒ http://mixi.jp/view_item.pl?id=769096

◆大村あつし公式コミュニティ『大村あつし・エブリリトルシング』
⇒ http://mixi.jp/view_community.pl?id=1840934