井上和香さんとの3メートル(1)
昨日、毎日新聞に以下の記事が載りました。
お時間のある方は、ぜひとも、記事をお読みくださいm(_ _)m
⇒ 大村あつし:「エブリ リトル シング」舞台化 井上和香さん主演に「夢見心地」
舞台と小説の『エブリ リトル シング』に関して、和香さんとボクが対談しているものですが、記事中には写真が何枚かあります。
和香さんとボクが並んで座り、対面のインタビューアーの質問に答えながら、また時に2人でしていた雑談が記事にまとめられたものです。
短い記事ですが、実際には、かなりの長時間、話しています。
さて、では、なぜこんな話をしているのかですが、決して、自慢したいわけでも、鼻の下を伸ばしているわけでも、和香さんの魅力に骨抜き地蔵になっているわけでもありません(笑)。
とても大切な「あるお話」をしたくて、この記事を持ち出しました。
さて、次に、下の写真を見てください。
忘れもしません。
2004年12月27日に撮った写真です。
時は、この写真を撮った日から2年ほど遡ります。
当時、ボクは、IT会社の社長として、ある意味、恵まれた生活をしていました。
ITライターとしても、その頃から「日本一」と言われるようになっていました。
すべてを持っていたボク。
しかし、1つ、失ったものがありました。
それは・・・
井川遥さんが女優宣言をして、応援するグラドルがいなくなってしまったのです\(◎o◎)/
当時、グラドルおたくだったボクにとっては、この心に空いた穴はとてつもなく大きく(←大袈裟な(笑)、次に誰を応援しようか、そう思っていたときに、颯爽と登場したのが井上和香さんでした。
もの凄い数のグラドルがデビューする中、ボクは、「和製マリリンモンロー」の称号がふさわしい、和香さんの虜になっていきました。
もっとも、静岡で会社を経営しているボクと、華やかな芸能界で活躍する和香さん。
なにをどうやっても、2人の道が交わることなどありえません。
また、そんなことがないからこそ、「アイドル」として、テレビや写真集で、客観的に応援できるともいえます。
ところが、ボクは「静岡の会社の経営者」ではなくなってしまいます。
和香さんのデビューから約1年半後、ボクは、あろうことか、創業会社を、自分の会社を失うことになります。
代表取締役の辞任を余儀なくされたのです。
2004年の2月のことでした。
それからの喪失性うつ病との闘いの中で、ボクは、医師からある言葉をいただきました。
「もし、お金が許すなら、仕事のことは忘れて、3年間、好きなことだけやってみなさい。
3年は、あくまでも目安で、実際には、好きなことだけしていれば、あなたの場合なら数ヶ月で病気も治りますよ」
今にして思うと、医師は、「あくまでも趣味で」というつもりだったと思います。
しかし、ボクは大いなる勘違いをしました。
医師に「その道でプロになれ」とアドバイスを受けたと思ったのです。
そして、それが、うつ病を治す最善の治療だと。
こんな勘違いを胸に秘めて、そして、夢だけをバッグに詰めて、ボクは2004年7月17日に上京しました。
作家になるために・・・
もちろん、そのときのボクは、その4年後に和香さんと対談することになるとは露ほども思っていませんでした。
つづく
