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2007年01月11日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(60)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第60話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(25)

 さて、手品のタネは明らかになったが、実はまだ、「労働力」は「商品」であり、「労働力」の使用目的を消費した結果が「労働」であることがわかっただけである。これだけの説明では、

「労働力は、消費されれば、自分の価値以上の価値を生み出す」

説明にはいたっていない。

 パンは、消費したら無価値になる。要するに、食べてしまったらそれでおしまいだ。マフラーも、使えば使うほどその価値は下がる。では、なぜ労働力は消費すれば価値を生むのだろうか。

 この手品、どうやら、もう一つ、タネが隠されているようだ。さすが、人間の英知の結晶である「資本主義」という手品、一筋縄ではいかないということか。

 しかし、だからと言って挫折するわけにはいかない。そのもう一つのタネを明かさないことには、夜もおちおち眠れない。

 これから先は、「剰余価値創造のメカニズム」を解き明かし、その「剰余価値」のおかげで資本家や社長が潤っている仕組みを解明していきたいところだが・・・

 おかげさまで、全60回に渡って続けてきたこの経済エッセイ、多数の出版依頼をいただくまでになりました。また、しばらく、本業で多忙な日々が続きそうです。

 ということで、一旦、ここで連載を休止させてください。

 続きは、本でみなさまの前にお目見えするのか、時間ができたら、再び、ブログとして連載するのか、現時点では未定です。

 ただ、どのような形であれ、資本主義という本来は義務教育で学ばなければならないこと、しかし、それを知られたら困る人々によって恣意的に隠蔽されているこの驚愕のメカニズムを、必ずや、余すところなく白日の元に晒します。

 そのときをご期待ください。

 大村あつし



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2007年01月10日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(59)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第59話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(24)

 さて、「商品」の「価値」を決定しているものは「生産費」であることは、第20話以降で説明したとおりである。

 では、「労働力」という商品の価値、すなわち、「労働力を支えている生産費」とは一体なんだろう。

 あるサラリーマンを想定してみる。彼は、売上分析をしている事務職だ。

 この彼の労働力を支えている生産費として真っ先に浮かぶモノが「食事」だ。毎日、食事をしていなければ、労働力の所有者であるサラリーマンは餓死してしまい、同時に、労働力も失われることになる。

 これは、賃貸とはいえ住んでいる家(アパート、マンション)も同様だし、衣類も同様だ。

 その他の生活用品も、彼の労働力を支えている生産費と言えるだろう。

 いかがだろうか?

 こうして考えれば、サラリーマンの「労働力」という商品の「価値(生産費)」は、彼の生活費とほぼ等価であることがわかる。

 そして、サラリーマンは、自分の「労働力」という商品の「価値」に応じて、それを「貨幣」と交換する。言い換えれば、自分の「労働力」を売って賃金をもらう。

 であるならば、その給料のほとんどが生活費に消える。

 これは当たり前のことなのだ。

 厳しい現実だが、これが資本主義であり、この仕組みの中で働かされている以上、サラリーマンが潤うことはあり得ない。

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2007年01月05日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(58)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第58話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(23)

 ただ、この「役割」と「物質」の関係、そして、実際に欲しいのは「役割」だけであることに気付いた人類は、結果として大きな発見、そして、その後、発明をすることになる。

 発見とは、欲しいのは、「役割」(人間の持つ「労働力」)だけで、「物質」(人間本体)は不要なのだから、一層のこと、両者をひっぺがして、「役割」だけ、すなわち「労働力」だけを手に入れる方法はないだろうかと気付いた点である。

 そして、発明がなされた。

 そう、この発見を具現化したのが「機械」であり、二十一世紀においてもっとも研究に力が注がれる「ロボット」なのである。

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2006年12月25日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(57)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第57話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(22)

 「奴隷とは、労働力の所有権を強奪された人である」

 奴隷は、悲惨な話ではあるが、労働力の所有権は剥奪されてしまっている。セルDVDの「役割」と「物質」の所有権が購入者にあるように、奴隷の「労働力」の所有権は主人の側に移ってしまっているからだ。

 このとき、確かに奴隷という人間本体、すなわち「物質」も主人の所有物となっているが、「役割」と「物質」は一つの中に内包されてしまっており、二つをシールをはがすがごとく別々にすることはできない。あくまでも主人の所有目的は「労働力」であり、人間本体は勝手にくっ付いてきたしまったものである。

 だからこそ、私は奴隷を冒頭のように定義したのだ。奴隷が剥奪された「自分自身」は、主人の所有欲を満たすものではなく、奴隷の定義に含めてはならないと私は考えたしだいである。

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2006年12月21日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(56)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第56話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(21)

 一方、この章の最初に提起した「奴隷」であるが、奴隷の場合はレンタルDVDではなくて、セルDVDの場合と同じ、と考えてよい。

 すなわち、主人が本来欲しいのは、奴隷の「労働力」という「役割」だが、「労働力」を「借りる」のではなく「所有」しようとすれば、残酷ないい方になってしまうが、嫌でも「人間本体」という「物質」までくっ付いてきてしまうのである。

 しかし、そうなると、主人は奴隷を働かせ続けるために、その「物質」の維持の心配、すなわち、「奴隷」の衣食住の面倒を見なければならない。

 いかがだろうか。これで、このエピソードの冒頭で私が提示した奴隷の定義にご賛同いただけるであろうか。

 「奴隷とは、労働力の所有権を強奪された人である」

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2006年12月20日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(55)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第55話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(20)

 実は、資本家と労働者の関係も、このレンタルDVDと同じなのである。

 「資本家は、労働者の持つ能力を、一日八時間、週五日間などのように、時間決めで買い取っている。決して、労働者本人を買っているわけではない。

 そして、買った以上は、実際にその労働力を消費する。すなわち、働かせるわけである。

 さらに言えば、このとき、その労働力の所有権はあくまでも労働者にある。労働者は、時間決めで労働力を売り、それを買った資本家が、やはり契約時間の範囲内でその労働力を消費しているに過ぎないからだ。

 「労働者は労働力の所有権は放棄していない」

 ここは押さえておきたい。

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2006年12月18日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(54)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第54話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(19)

 先日、私はTSUTAYAで、「一度見たいな」と思っていたDVDを借りた。そのときに、「何度も見たいな」と思っていたDVDもあったので、そちらは買うことにした。

 さて、このDVDだが、これはデジタル信号が記録されたメディアという「物質」である。と同時に、映像を楽しませる、という「役割」も持っている。

 本来は、その「物質」には魅力はない。ただ、「役割」を買うと、勝手に「物質」がくっ付いてきてしまうわけである。DVDの場合には、それが再生されたときに目と耳に飛び込んでくる映像と音が目的であり、その目的を満たすのがDVDの「役割」だが、「何度も見たい」と思って購入すると、勝手に、メディア(物質)までくっ付いてきてしまうのだ。

 一方、DVDを借りるというのは、返却することを前提に、一定期間映像を楽しむためにDVDの「役割」を借りることに他ならない。そして、そのDVDを見たら返却する。もちろん、このときにメディアという「物質」も一緒に借りるわけだが、あくまでもこの「物質」の持ち主はTSUTAYAである。

 要するに、DVDを借りるケースでは、私たちはDVDを見る、すなわち、DVDの「役割」を消費するが、DVDという「物質」を消費することはできない。

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2006年12月15日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(53)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第53話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(18)

 そして、彼の労働力の「使用目的」。これは、まさしく「働くこと」である。パンが食べるために存在し、マフラーが首に巻くために存在しているように、労働力は労働するために存在している。すなわち、労働力の使用目的は「労働」なのである。

 さてさて、ちょっと面白くなってきた。一見同じモノに見えるこの「労働力」と「労働」。ところが、両者はまったく別モノであり、なんと、「労働力の使用目的を消費することが労働」だったのである。

 こうして、「労働力」と「労働」は別モノであることに気付いたことによって、その後の経済学は急速に発展を遂げることになる。

 「労働力」と「労働」の違い。これに着目したマルクスってやっぱり凄い、と思うのは私だけだろうか。いずれにせよ、経済学史に残る大発見であったのは衆目の一致するところである。

 どうやら、手品のタネは見えたようだ。

 「労働力」は「商品」である。

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2006年12月14日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(52)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第52話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(17)

 この労働力には、パンやマフラーと同じように「価値」がある。

 パソコンを習得するために彼がそれまでに費やした時間や費用。また、デザイン力を身に付けるためにこれまでに積んだ経験。こうしたモノが彼の労働力を支えており、それがそのまま彼の労働力の「価値」として反映されるわけだ。

 このことは、実際に、彼の労働力の「価値」によって、彼がもらえる「賃金」の多い少ないが決定することからもおわかりいただけると思う。

 どうやら、労働力が「商品」の条件である「価値」を持っていることは間違いなさそうだ。となると、もう1つの条件である「使用目的」を労働力は持っているのか。それを有していれば、労働力は「商品」ということになる。

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2006年12月13日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(51)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第51話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(16)

 チェアーズの資本家は、会社の設立にあたって、パソコンで商品デザインができる人を探していた。こうした人材を雇わなければ椅子の設計ができないからだ。

 すると、タイミングよく、パソコンに精通し、デザインもできる男性が「私を雇ってくれ」と応募してきた。

 さて、このとき、チェアーズが彼を採用するかしないか、この判断基準はどこに求められるだろうか。

 彼がスポーツが好きとか、歌が上手い……、なんてことはこの際どうでもいい(にも関わらず、履歴書にはなぜか「趣味欄」なんてスペースがあるが)。

 ポイントはただ一点、採用の判断基準は、彼のパソコンの能力およびデザインセンスである。

 そして、彼を採用するということは、彼のそうした能力を買うことに他ならない。

 すなわち、資本家が彼から買ったモノ、それは彼の労働する能力である。

 この「労働する能力」を、経済学では「労働力」と呼ぶ。

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2006年12月12日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(50)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第50話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(15)

 「商品を買って、それを消費したら、より大きな貨幣が手元に残る」

 こんな手品を可能にしているそのタネは、以上の検証から、労働者の「労働」以外に考えられない。

<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣> 
 資本         労働         資本+利潤

 こうして図にしてみて改めてビックリ! やはり、サラリーマンが働くこと事態が、資本家から見たら「商品の消費」だったわけである。

・サラリーマンが働くことが貨幣と貨幣の仲介をしている
            ↓
・貨幣と貨幣の仲介の役割を担えるのは「商品」だけである
            ↓
・ゆえに、サラリーマンが働くことは「商品」である

 三段論法で見ればこう結論付けざるを得ないのだが、ここまで検証しても、まだどうにも、

 「本当に、私たちが働くことって『商品』なのだろうか。実感が湧かない」

というのが本音ではないだろうか。

 また、みなさんがこのように疑心暗鬼になってしまうのは、逆に言えば、みなさんはすでに

「商品とは何か?」

についてご存知であることの証拠とも言える。

 もっとも単純な、一対一の物々交換、公園のベンチでパンとマフラーを交換したブレッドとスカーフのことを思い出して欲しい。その商品の中には、二人とも、一日働いたという労働量が含まれている。頭脳を使ったり手足を動かしたりというこうした「生理的労働」の「量」が物々交換の基準、すなわち「価値」となっている。

 また、ブレッドは「パンを焼く」という目的を持って働いた。スカーフは「マフラーを編む」という目的を持って働いた。この「労働の目的」はそのまま商品の「使用目的」となっている。

 すなわち、商品とは、「価値」と「使用目的」を持ち、かつ、交換の対象となるモノである。

 では、「労働」には「価値」と「使用目的」があるのだろうか?

 それがなければ、「商品」とはいえない。

 しかし、

 「労働は価値と使用目的を持つ」

と言われても、正直、ピンと来ない。だからこそ、目の前の霧が晴れないのだ。どうやら、ここをきっちりと証明する必要がありそうだ。

 ということで、お待ちかね。では、次回からこの証明をしてみたい。

⇒ 第51話へ

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2006年12月08日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(49)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第49話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(14)

 ということで、「チェアーズ」を設立した。

 資本金は一千万円。業務内容は椅子の設計および開発。小さな会社なので、社長のほかに、社員は、椅子を設計する人一人、椅子を組み立てる人一人、営業が一人、経理・総務を兼ねる社員が一人の計五人である。

 何せ、たった今設立したばかりである。まだ、商品も生産されていないし、当然、会社としても売り上げは何も上がっていない。

 さて、このチェアーズで働けば、社員はもちろん給料をもらうことができる。では、この給料の出所どこだろうか。

 どう考えても、資本家が用意した資本(貨幣)である。まだ売り上げがない以上、ここ以外に給料の発生するところはあり得ない。

 そして、チェアーズは、その後、商品を生産し、それを販売し、利益を上げて、貨幣が増加して、チェアーズの手元(資本家の手元)に戻ってくる。

 そして、ここでもう一度繰り返すが、貨幣と貨幣の仲介ができるのは「商品」だけである。

 ということは、会社で働いているサラリーマンの労働は、必然的に「商品」でなければならない。

 ん? どうやら、次の図の手品のタネの目星が少し付いてきたような気がする。

 <貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣>

 「商品を買って、それを消費したら、より大きな貨幣が手元に残る」

 こんな手品を可能にしているそのタネは、以上の検証から、労働者の「労働」以外に考えられない。

<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣> 
 資本         労働         資本+利潤

 こうして図にしてみて改めてビックリ! やはり、サラリーマンが働くこと事態が、資本家から見たら「商品の消費」だったわけである。

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2006年12月06日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(48)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第48話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(13)

 さて、たびたび登場したブレッドは、自分でパンを作って、その結果としてマフラーを得た。スカーフも、自分でマフラーを作って、その結果としてパンを得た。

 しかし、サラリーマンは、無の状態から自分の力だけで商品(最終生産物)を作ることはできない。そもそも、それができたら、誰も、嫌な思いをして会社という組織に属さないだろう。

 サラリーマンが行っている労働は、商品を生産する上で必要な過程のいずれかの部分を担当することだ。しかし、よくよく考えると、ブレッドやスカーフのように自力で商品を作ることはできないのに、なぜサラリーマンは給料がもらえるのだろうか。これも結構謎だったりする。

 まあ、あまり「謎」「謎」と言っていてもストレスが溜まる一方なので、一層のこと、架空の会社を設立してしまおう。そのほうが話は早そうだ。

 ということで、「チェアーズ」を設立した。

 次回からは、この「チェアーズ」の活動を観察していくことにしよう。

⇒ 第49話へ

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2006年12月05日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(47)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第47話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(12)

(A)<貨幣> - <商品の消費> - <減少した貨幣> 

                ↓

(B)<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣> 

 くどいようだが、一般人の私が消費すれば(実際には、消費させてもらえなかったが……。彼女、今、どこで何をしているのだろうか。君の薬指はまだ空いているかい?)指輪の価値が十分の一以下になってしまうのに、逆に、商品の消費によって価値を高めるなんてことが可能かどうかが議論の焦点なのだ。

 こんなとき、Mr.マリックならば、観客から借りた千円札を一万円札に変えるのは容易なことだ。しかし、それは彼がマジシャンだからだ。すなわち、千円札が一万円札に変わるのは手品であり、そこにはタネがある。

 同様に、本来ならあり得ない(B)の流通を可能とするためには、Mr.マリックのハンドパワーも顔面蒼白の手品のタネが必要となるのだ。

 では、その手品のタネを探してみよう。

 まず、(B)の流通を可能とするためには、「商品の価値は消費すれば失われる」という固定概念を捨て去る必要がありそうだ。この概念にとらわれている限り、「貨幣で商品を買って、それを消費したら、手元により大きな貨幣が残った」、なんてことは不可能だからだ。

 では、こう仮定したらどうだろうか。

 「この世には、消費することによって価値を生む商品がある」

 わざわざ著名人の手を煩わせなくても、もし、こんな魔法のような商品が日常的にあちらこちらに存在すれば、(B)の流通も俄然、現実味を帯びてくる。

 というか・・・

 私たちはまさしくそのような世界に生きているのだから、言い換えれば、その「魔法のような商品」は確実に存在する、ということになる。

⇒ 第48話へ

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2006年12月02日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(46)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第46話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(11)

<貨幣> - <商品の消費> - <減少した貨幣> 

 さて、これは大きな問題である。完全に矛盾に陥ってしまった。

(A)<貨幣> - <商品の消費> - <減少した貨幣> 

                ↓

(B)<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣> 

 (A)を(B)にしなければ、資本は増加しない。もっと言えば、資本主義経済なんてものもこの世界に存在しえなくなってしまう。資本を準備して、事業を営めば営むほど貨幣が目減りしていくでは、誰も事業を興す人などいない。

 ちなみに、大学時代に(B)の図を見たときに、

「ビートルズがデビュー前になけなしのお金で買った楽器も、ビートルズが消費することでプレミアがついて貨幣は増加する。そのプレミアのことをこの図は言いたいのかな」

と思ったが、これはプレミアの話ではない。

 確かに、著名人が消費することで価値は増大するが、この方法でしか利潤が生めないようでは、経済そのものが成立しない。流通の仲介者として必ず著名人が存在しなければならないからだ。

 これでは、著名人が何億人いても足りない。というか、著名人はあくまでも圧倒的少数だからこそ著名人なのである。

 プレミアというのは、著名人が消費するからこそプレミアであって、今、私たちが直面している問題は、こうした例外ではなく、一般社会で身の周りで現在も発生している「商品の消費」が価値を生む、という現象である。

 そして、これが矛盾に満ちているから頭を抱えてしまっているのである。

⇒ 第47話へ

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2006年11月27日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(45)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第45話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(10)

 ブレッドが一日で焼いたパンと、スカーフが一日で編んだマフラー。この交換が成立したのは、ともに未使用であったからだ。

 もし、スカーフのマフラーが、誰かが一年間、着用した後のものであったら交換は成立しない。消費された分、マフラーの価値が下がっているからだ。

 そう、商品の価値には「消費すれば失われる」という特性があるのである。

 マフラーはまだいい。一年経っても、まだそれなりの価値が残っているだろう。しかし、パンなんて、食べたらおしまいだ。その瞬間に無価値になってしまう。

 もう一度、先日の図を掲示しよう。

<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣> 

 ビートルズの初期のナンバーに「アンナ」という曲がある。「あいつが好きなら一緒にどこかに消えちまえ。その代わり、あげた指輪は返してネ♪」という何ともせこい歌だが、この「アンナ」の歌詞ではないが、私はこの図を見るたびに嫌な思い出が頭をよぎる。

 額にして六十万円。昔、プロポーズするつもりで大枚はたいて指輪を買ったが、見事に破局してしまった。しかたがないので、買取販売店にその指輪を持ち込んだら、なんと、買値は五万円だと言う。

 現実は厳しい。消費どころか、一度も薬指にはめさせてもらえなかった指輪の価値が十分の一以下になってしまうのだから、この無念さを図にぶつけると、貨幣から始まる流通は次のようにならなければおかしい。

<貨幣> - <商品の消費> - <減少した貨幣> 

 さて、これは大きな問題である。完全に矛盾に陥ってしまった。

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2006年11月24日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(44)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第44話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(9)

 スカーフは、ブレッドにパンを持参で公園に来て欲しいと頼み、そのマフラーを手に公園に向かった。

 「スカーフ! お望みのモノ持って来たよ。ほら、三日かけて焼いた自慢のパンだ」

 「ブレッド! ありがとう。本当に美味しそうね」

 「で、今日呼び出したのは何の用だい? ひょっとして、このパンと何かを交換したいのかい」

 「ええ、ビンゴよ。このマフラーを見て!」

 ブレッドは、穴が空くほどそのマフラーを見つめると言った。

 「うーん。素敵なマフラーじゃないか。当然、そのマフラーを編むのに三日かかったんだよね」

 「もちろんよ。昨年、三日かけて編んだ自信作よ。どう、ブレッド。これなら、そのパンと交換してくれるわよね?」

 ブレッドは、一瞬、険しい表情を見せて言った。

 「昨年、編んだの? じゃあ、誰かが巻いていたの?」

 「ええ、私が昨年の冬に巻いていたわ。でも、見て。きちんと洗濯もして、真っ白でしょう」

 「……。スカーフ、確かに君は魅力的な女性だ。思わず、その瞳と透き通るような白い肌に吸い込まれそうになる。だけど、それとこれとは話は別さ。その取り引きには応じられないよ」

 ……。どこかで聞いたようなセリフである。

 「まあ! 女の私に恥をかかせて! 許せない。もう結構よ。さようなら。あなたの今後の活躍を願っているわ!」

 色白の顔を真っ赤に上気させてベンチから足早に立ち去るスカーフの後姿を見送りながら、ブレッドは肩をすぼめて呟いた。

 「オー、マイ、ガッ!」

 ともに三日の労働時間で作られた商品。それなのに、なぜ交換が成立しなかったのか。その話は次回に。

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2006年11月22日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(43)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第43話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(8)

 さて、では一歩進んで、今度は資本が利潤を生むための流通を図にしてみよう。

<貨幣> - <商品の消費> - <増加した貨幣>

 繰り返しになるが、貨幣は商品と商品の仲介をする。その逆も真なりで、商品は貨幣と貨幣の仲介をする。しかし、この場合、商品に何らかの運動が加わらなければ貨幣は増加しない。

 「何らかの運動」というと小難しいが、商品は消費するために存在している以上、上の図式のように、<貨幣>と<増加した貨幣>を仲介できるのは<商品の消費>しかあり得ない。また、このとき、商品の価値が増加しなければ、その後の貨幣も当然増加しない。

 ん? 商品の価値が増加? これはおかしくはないか? みなさんもそう思わないだろうか?

 何が「おかしい」と私が首をかしげているのか、では、その理由を説明するために、お馴染みのブレッドとスカーフを呼んで来たので、ちょっと彼らのやり取りをご覧いただきたい。

 先日、ブレッドが三日かけて焼いたパンを、一日で編み上げたマフラーと交換してもらおうと思ったスカーフは、捨て台詞を残してブレッドの下を去った。しかし、そこは向学心旺盛なスカーフのこと。ブレッドがなぜ、パンとマフラーを交換してくれなかったのか、十分に納得したようである。

ブレッドのパンの価値:「三日分の生理的労働(三日分の労働時間)」 > スカーフのマフラーの価値:「一日分の生理的労働(一日分の労働時間)」

 この不等号(>)が等号(=)でなければ交換は成立しない。スカーフはこのことに気付いたのである。

 しかし、どうにも、ブレッドが三日かけて焼いたあのパンが欲しい。そんなことを考えながら、ある日、クローゼットを整理していたら、昨年、自分で愛用していた白いマフラーが出てきた。

 スカーフは思わず叫んだ。

 「これだわ!」

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2006年11月20日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(42)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第42話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(7)

<貨幣> - <商品> - <貨幣>

 繰り返しになるが、貨幣は商品を仲介する目的を持って誕生したものだ。ところが、この図のように、流通の中に貨幣が登場すると、必然的にある現象が発生する。それは、

貨幣と貨幣を商品が仲介する

という現象である。

 『エピソード4』で述べたとおり、貨幣は商品ではない。価値は持っていても使用目的がないからだ。その貨幣で流通がスタートして、最後に再び貨幣に姿を戻す以上、その仲介役が務まるのは商品だけなのである。

<貨幣> - <貨幣> - <貨幣> 

 こんな流通は存在しないのだ。強いて言うならば、この図式に当てはまるのはお金を両替してもらうときくらいだが、両替が「流通」とか「交換」とは到底呼べないことは説明する間でもないだろう。

 また、貨幣が誕生した以上、もはや、次のような流通もこの世界からは消えてなくなった。

<商品> - <商品> - <商品>

 冒頭の単純な図、そして、その単純さの中に隠されたカラクリ。

 これが資本主義経済における流通を端的に表しており、だからこそ、『エピソード4』で述べたとおり、「貨幣は商品ではない」という重要な知識は義務教育の場では隠蔽されているのではないかとすら思えてならない。

 「貨幣は商品ではない」ことを知ってしまうと、勘のいい子どもたちはやがてはカラクリにも気付き、その後は次々に芋ずる式にもっと高度なカラクリにも気付いてしまう危険性があるから、というのは私の考えすぎだろうか。

 しかし、遠慮なく資本主義の仕組みを暴いていくのがこのエッセイの役目である。そこで、その「もっと高度なカラクリ」について次回から説明することにしよう。

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2006年11月17日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(41)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第41話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(6)

 さて、話を太郎と花子に戻そう。

 ちなみに、太郎が米一キログラムを売って一万円という貨幣を得て、その一万円で花子からバラを百本買ったとする。すると、このときの流通は次のように表される。

<商品> - <貨幣> - <商品>
  米      10,000円     バラ

 しかし、これでは、「食べる」という使用目的を持った「米」が、「飾る」という使用目的を持った「バラ」に姿を変えているだけで、価値はまったく増殖していない。

 ほんの一例を示しただけだが、経済学では、このように商品から始まる流通では新たな価値は生まれないとされている。

 それよりも、資本主義経済というのは、まず資本ありきである。

 資本。すなわち、

「利潤を追求するための事業を営むために最初に必要となる貨幣」

 この資本という名の貨幣をまず用意して、それを元手に事業を営むわけだから、資本主義経済における流通の姿は、次のように貨幣から始まる必要がある。

<貨幣> - <商品> - <貨幣>

 この図を見てピンと来ないかたもいると思う。ただ、資本(貨幣)を用意して、それを元手に何らかの経済活動を行えば、売上金として貨幣が手元に戻って来る。これが「事業を営む」ということであり、それを簡素化するとこの図のようになる、という理解で構わない。

 それよりも、この単純な図は、とてつもなく大切なことを私たちに教えてくれている。

 それは、貨幣と貨幣を商品が仲介している点である。

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2006年11月16日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(40)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第40話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(5)

 さて、今の説明で、これまでまったく取り上げてこなかった「貨幣」が登場している。

 実は、マルクスはこの「貨幣」にことさら注目し、さまざまな分析をしている。また、一般の経済学でも「貨幣論」なんて専門分野があるくらいだが、正直、貨幣に執心することに私はあまり意義は見出していない。もちろん、「金融論」を学んだり、インフレ・デフレなどの現象を解明するときに「貨幣」を避けて通れないのは言う間でもない。

 しかし、本エッセイは金融論でもなければ、景気動向の解説書でもない。それに、貨幣の重要な役割は、日常生活で普段から実感していることと思う。そこで、本エッセイでは、次の簡便な説明で済ませることにする。

 『エピソード2』で、ブレッドとスカーフはパンとマフラーを交換したが、これは、パンとマフラーの「価値」が「一日分の生理的労働(一日分の労働時間)」で等しかったこと。また、パンは食べるモノ、マフラーは首に巻くものと「使用目的」が異なっていたこと。この二つの交換条件を満たしていたからであるが、実は、このとき、もう一つの交換条件が成立していた。

 それは、次の条件である。

・ブレッドはマフラーが欲しかった
・スカーフはパンが欲しかった

 当たり前だと言われそうだが、お互いがお互いの商品を欲しいと思ったから交換が成立したわけだ。したがって、もし、ブレッドが欲しかったのがマフラーではなく帽子だったら、彼は自分のパンと同じ価値である「一日分の生理的労働(一日分の労働時間)」で作られた帽子を作った人を探さなければならない。

 そして、このように「交換欲求」が合致する偶発的な出会いの上でしか交換が成立しなければ、当然だが商品は流通することはない。

 そこで、私たちの経済世界に登場したのが、商品の「価値」(厳密には「価格」)を社会一般的に表現することができて、かつ、それがあれば商品を買うことのできるモノ、すなわち貨幣であったわけだ。

 要するに、貨幣の役割は「商品の流通の仲介」であり、貨幣(昔は金や銀だった)があるからこそ、偶発的な交換ではなく、一般的な交換が可能なのである。

 貨幣について極めたい人には物足りないかもしれないが、本エッセイでは、貨幣についての説明はこの程度にさせていただく。

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2006年11月14日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(39)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第39話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(4)

 さて、質問ばかりで恐縮だが、「利潤」を上げるもっとも手っ取り早い方法をみなさんはご存知だろうか?

 お馴染みのブレッドとスカーフには後ほど登場してもらうとして、まずは二人の日本人にご協力願おう。

 一人は、稲作一家に育った太郎。彼が作った米の価値(*)を、ここでは一キログラムで一万円とする。

 もう一人は、花を栽培している彼の幼なじみの花子。ここでは、彼女が栽培したバラを百本で一万円とする。

 さて、ある日、太郎は花子に、一キログラムの米と百二十本のバラの交換を申し出た。私がそばにいたら、花子に「やめておきなさい」というところだが、ことば巧みな太郎の口車に乗せられて、人のいい花子は何と、その要求に応じてしまった。

 この交換が不公平なのは言う間でもない。

 花子のバラの価値は一本あたり百円である。

 10,000円 ÷ 100本 = 100円

 ということは、百二十本ならその価値は一万二千円である。

 100円 × 120本 = 12,000円

 つまり、太郎の申し出は一万円と一万二千円の交換であり、これで太郎は難なく二千円の利潤を手に入れたことになる。

 すなわち、利潤を上げる最も手っ取り早い方法は、異なる価値の商品を交換することなのである。

 このような交換を、経済学では「不等価交換」と呼ぶが、この不等価交換は成立しないと考えるのが前提だ。このことは、私たちが一万円を持ってデパートに行っても、一万二千円の商品は買えないことからも明らかである。

 そこで、利潤を上げる方法として、この不等価交換は候補から排除することにしよう。

* ここでは、二者間の単純な交換を前提に話をするので、需要と供給のバランスなどの外的要因は無視して、商品の交換の基準は、商品の「価格」ではなく、商品の「価値」とする。

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2006年11月10日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(38)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

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第38話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(3)

 (2)無償で働かされる人

 これも、貨幣という形態で賃金がもらえないという点では間違いではないが、たとえ奴隷でも、働き続けるためには衣食住は確保されなければならない。こうして与えられる環境や物品を労働の対価と考えれば、無償で働いていることにはならない。

 働くからこそ生活できる。そうした意味では、サラリーマンも同様である。

 ちなみに、ネパールの債務奴隷の場合には無償で働かされており、衣食住は主人から借りている。このように、無償で働く奴隷もいるが、だからと言って、「無償で働かされる人が奴隷である」という定義にはならないであろう。

 なぜなら、賃金をもらっても、そのすべてが衣食住に消えてしまえば、無償で働いていることと同義であるからだ。

 すなわち、次のように考えてしまうと、サラリーマンは奴隷に酷似しているどころか、奴隷そのものと言わざるを得なくなってしまう。

 無償で働かされる人        = 奴 隷
                         ↑
                         ↓
 賃金が衣食住に消えてしまう人 = サラリーマン

 こうして検証すると、思わず、「サラリーマンは現代の奴隷か!」と暗たんたる気持ちに陥りそうになるが、私は、奴隷とサラリーマンには、やはり明らかな違いがあると思っている。

 そんな私が「奴隷とは何か?」という問いに答えるのであれば、次のように定義する。

 「奴隷とは、労働力の所有権を強奪された人である」

 え? 何のことかわからない? もちろん、それで結構である。むしろ、「確かにそうだ」と言われてしまったら、これから自分の意図するところを徹底的に説明していこうと考えている私の立つ瀬がない。

 では、サラリーマンと奴隷はどこが決定的に異なっているのか。両者を区別しているモノは何なのか。

 このことを頭の片隅に置きながら、エピソード5では「資本の増殖のメカニズム」について迫りたい。

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2006年11月09日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(37)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第37話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(2)

 では、みなさんは「奴隷」をどのように定義するだろうか?

 (1)職業を選択する自由がない人

 これは確かに当たっている気がする。

 当然だが、奴隷には職業選択の自由などない。主人の意のままに働かされるのが奴隷である。

 では、そう言っている私たちはどうだろう。

 確かに、私たちには職業の選択の自由がある。しかし、その「権利」を行使できている人がはたしてどれほどいるだろうか。雇用主が「イエス」と言わなければ、そこで働きたくても働けないのが現実だ。雇用側だけの事情で「選択の自由」は狭められ、その結果、望んでもいない仕事をしている人は少なくないはずだ。

 実際、私も音楽関係の仕事に就きたかったが、どこも雇ってはくれなかった。そこで、本社が自分の住む市内にあり、かつ、転勤もないという理由だけで、渋々ある会社に就職した。

 こんなことを言うと、私を採用してくれたその会社には申し訳ない。それに、そんな私でも採用してくれたその会社には今でも大変感謝している。しかし、そこが自分の希望である音楽関係の会社だったら、四年後に脱サラ・起業という道は選んでいなかっただろう。

 確かに、私たちは奴隷のように望んでいない仕事を強制的に強いられるわけではない。しかし、嫌な仕事でも精を出さなければ生活できないという点では、奴隷と酷似しているようにも思える。

 すなわち、(1)の定義は「奴隷」を正確に表したものとは言えないのではないか?

⇒ 第38話へ

------------ 日記・雑感 その1 ------------
メルマガコンサルタントとして著名な平野友朗さんが新刊を出しました。

彼は、まえがきの中でこう述べています。

「いま、起業4年目の私が強く実感しているのは、 「その人の段階に合った仕事術がある」ということです。 ひたすら上流にいる人をモデルにするのではなく、その人のいる場所によって、モデルにするべき対象が変わってくるということなのです」

まさしく、その通りだと思います。

これは期待できそうですね!

しかも、今、購入すると、「天才マーケッター金森重樹さんとの対談CD」がもれなくもらえるそうです(ただし、初版のみになる可能性あり)

これは、ますます、「買い」ですね!

『走りながら考える仕事術』
⇒ http://www.senpaik.jp/

------------ 日記・雑感 その2 ------------
今日、友人がヤフーのトップニュースに載っていました。
ニュースの内容については、実は昨年から大方のことは知っていました。
誰にも話さずにいたんですが・・・

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2006年11月04日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(36)

義務教育がひた隠す目からウロコの危険な経済学

< 第1話 からお読みください >

第36話

エピソード5
サラリーマンは現代の奴隷か?(1)

 以前、テレビで「債務奴隷」の一家を見た。場所はネパール。

 債務奴隷とは聞き慣れないことばだが、要するに、父母、祖父母や曾祖父母はおろか、それよりもはるか昔、一体、いつの時代のことかすらわからない遠い昔に先祖がこしらえてしまった返済不能の借金を、現在もその子孫が奴隷として働くことで返済し続けているのだ。

 債務奴隷の家系では,奴隷として生まれてきて,奴隷として働きながら,奴隷という運命が待っている子どもを生み育て、やがてはその子どもも奴隷として働き始める。ネパール政府の「債務奴隷の開放通達」の効力不足により、今なお、こうした人々が現存している。

 債務奴隷の女の子が「学校へ行きたい」とカメラに向かって訴える様子に接して、私は、悲しさと、何もしてあげられない自分の無力さが悔しくて涙が止まらなかった。

 罪もない人を生涯働かせ続ける奴隷制度。これほど醜く、また唾棄すべきモノはない。しかし、残念なことに、二十一世紀になった今でも、このように奴隷制度が根強く残っている発展途上国がある。内政干渉はできないなど難しい問題もあるかもしれないが、先進諸国が力を合わせて何とかできないものか。

 この世界から一日も早く「奴隷」などと呼ばれる人が完全にいなくなることを願わずにはいられない。

 さて、かくも嫌な響きを持つ「奴隷」であるが、みなさんはこの奴隷をどのように定義するだろうか?

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2006年10月31日

サラリーマンの給料はなぜ生活費に消えてしまうのか?(35)

義務教育がひた隠す