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摩訶不思議な女子高生

無限ループ
第一話


 薄汚れたアスファルトに瞬く間に染みが広がっていく。西城誠二は、慌ててくたびれたカバンで頭を覆い、ピンサロのチラシで埋め尽くされた電柱に吸い寄せられるように、意に反してその角を曲がった。そのまま真っ直ぐ行けばコンビニがあったのに――。そこでビニール傘を買うつもりだったのに――。しかし、誠二は、見慣れない路地裏に足を踏み入れた自分の行動に、不思議と違和感を覚えてはいなかった。 


 とりあえず、急な雨を避けるために薄茶色くひなびたビルに駆け込むと、誠二は溜息をついた。


「ついてないな。なんだ、この雨。天気予報でも今夜は雨なんて言ってなかったぞ」


 そのとき、背後から若い女の声がした。


「天気予報なんて当たるわけないじゃない」


 声のほうを振り向くと、彼女も雨に濡れたのだろう、びしょ濡れの女子高生が身をかがめてはちきれんばかりの健康的な太腿をハンカチで拭いていた。


 思わず、誠二は心の中で口笛を吹いた。二年間も恋人がいない日々を過ごす二十七歳の男の相応な反応。すると、そのときめきが共振したのか、手の動きを止めた彼女は顔を上げて誠二を見据えた。


〈へえ、半端じゃなく可愛いな、この子。さっきまで遊んでいたキャバクラのナンバー1よりも魅力的じゃないか。背も高いし。俺と目線の高さが同じということは、百七十センチもあるのか。……。やばい。顔を直視できない……〉


 力強い、それでいて肉感的な温かみを宿した彼女の黒い瞳に誠二の心臓が早鐘を打つ。と同時に、目のやり場を探して誠二の視線が黒い中空を彷徨(さまよ) う。


 古びたビルで、傘はおろか学生カバンさえ持たずに手ぶらでたたずむ女子高生。しかし、誠二はその光景の異様さに気付く余裕も失うほど、女子高生が持ちえるはずがない麗姿に動揺していた。雨に濡れた長い黒髪も誠二にはまぶしく淫靡(いんび) だった。


「お兄さん。今日、会社で嫌なことがあったんでしょう? だから、こんな時間まで歌舞伎町で遊んでたんだ?」





 彼女の言うとおりだった。今日は会社でどうにも我慢ならない一件があった。憎悪に満ちた誠二は、憂さ晴らしにこの街に足を運んだ。そして派手に遊んだ。三万円も撒いた。それでもストレスは発散し切れなかった。もっと楽しみたかったところだが、財布の中身が一万円札一枚だけになった時点で諦めた。


〈明日は給料日だ。遊びはまた仕切り直しだ〉


 渋々、帰宅するために新宿駅に向かっていたら、突然の雨に襲われて、なぜか、今こうして摩訶不思議な女子高生と一緒に雨宿りをしている。


「うん、確かにきみの言うとおりだよ。だけど、なんでそう思うんだい?」


「私は人の心が読めるのよ。それに未来もね」


 その珍妙な一言で、誠二は、それまで強烈に自分を支配していた好奇な興奮が急速に萎えていくのを感じた。


〈この子、頭がおかしいんじゃないのか?〉


 それでも相手にしてしまうのは、まだ誠二の中にわずかばかりの興味があったためか。


「人の心が読める? 未来が読める? きみ、なにを言ってるの? それよりも、そんな制服姿でこんな時間にこの街をうろうろしていたら警察に補導されるよ。いや、警察に補導されるくらいならまだましだよ。下手をすると怖いおじさんに補導されちゃうよ」


 誠二は、「怖いおじさんに補導される」の意味を明示すべく、生足に際どい視線を這わせようと試みたが、理性に制された。いや、はなからそんな大胆さは持ち合わせていなかった。


 だが、彼女は誠二の忠告など気にも留めずに不機嫌そうに反論した。


「私の言うこと信じないの?」


「信じられないよ。だって、歌舞伎町で男が一人で遊んでいれば、ストレス発散が目的だってことくらい容易に想像が付くよね。それに、大安売りで買ったこのスーツ姿を見れば、そのストレスの原因が会社だってこともね。そんなの、人の心を読んだことにはならないよ」


「じゃあ、私が未来が読めるっていうのは?」


「ごめん。それも信じられない。って言うか、むしろそっちのほうが余計に信用できないよ。未来がわかっちゃったらなんでもありじゃない」


「…………」


 女子高生が幾分暗い表情で無言になったため、誠二は慌てて取り繕った。


「あ、じゃあ信じて欲しいなら、なにか予言してみてよ」


 その一言に彼女の瞳が光を宿す。


「あ、そう。証明しろ、ってことね。了解! うーん、なにを予言しようかな……」


〈やっぱり相手にするんじゃなかった……〉


 後悔する誠二におかまいなく彼女は空を見上げると、次の瞬間、真顔になった。


「この雨、今から三分二十秒後にやむわ。お兄さん。さあ、すぐに時計を見て」


「この大雨がやむ? まさか? それに、三分二十秒後って、そんな細かな数字、どこから弾き出して……」


「いいから! すぐに時計を見て!」


 言葉をさえぎられた誠二は、彼女のあまりに真剣なまなざしにたじろぎ、時計に目を落とすことにした。


〈はあ。遊び足りない歌舞伎町の夜のフィナーレがこれかよ。まったく……〉


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