誠二の押入れ
無限ループ
第四話
誠二は、アパートに着くと、ミシミシと音を立てそうな階段を上って二階の自分の部屋の前に立ち、ポケットから鍵を取り出した。玄関の扉を開けると、人がすれ違う幅もないほどの狭い廊下が目に飛び込んでくる。右手にはガスコンロが一つ備えられているだけのキッチンまがいのスペース、左手にはユニットバスに通じる扉が見える。いつもと変わらぬ光景だ。
誠二は、その廊下を二歩歩いて中扉を開けたが、そこに広がるいつもと違う光景に思わず叫び声を上げた。
「なんだ、これは!」
部屋の中には、布団や古紙回収用の雑誌が散乱していた。
「まさか、空き巣か……」
誠二は、慌てて窓ガラスに駆け寄る。しかし、鍵はかかったままだ。ガラスも割られてはいない。部屋に入るには、玄関かこのガラス窓だけだ。しかし、そのどちらからも侵入した形跡はない。
「どうやって中に入ったんだ。まさか、合鍵か……。そうだ! それよりも、なにか盗まれたんじゃないか?」
だが、盗難の線が頭をよぎったとき、逆に誠二の気持ちは幾分軽くなった。それもそのはず、こんなボロアパートの住人が、部屋に金目のものを置いてあるはずもなかった。それに、今の誠二は無一文だ。残高ゼロの預金通帳など盗られても痛くも痒くもない。
落ち着きを取り戻した誠二は、念のために物色された形跡がないかどうか、タンスの中を確認したがそこは手付かずだった。引き出しの二段目に入れてある預金通帳も元のままだ。開いてみると、案の定、残高はゼロになっていた。
パソコンも二十二インチのテレビも盗まれていない。自分の身長の半分にも満たない冷蔵庫にいたっては中を一瞥(いちべつ) する必要もない。最初から空である。
〈うーん。どうやら、押入れの中にあったものが部屋に散らばっているだけのようだな。だけど、一体、誰がどうやって? ……、待てよ。押入れの中? ……。そうか、こんな真似ができるのは……〉
誠二は、残高欄に「0」と印字された預金通帳にもう一度目線を落とすと、加速する動悸を抑えながら押入れを覗き込んだ。空っぽになったそこには、見慣れない箱だけが置かれている。広辞苑を横に二つ並べたほどの大きさの銀色の箱だ。手に取ろうとしたが、床に貼り付いているのかまったく持ち上がる気配がない。いや、貼り付いているというよりも床と一体化してしまっている。
「やっぱりあるぞ。これがヨーコの言っていた例のモノか……」
誠二は生唾を飲み込んだ。考えてみれば、ここまではすべてヨーコの説明どおりの展開だ。これが全財産はたいてヨーコから買った例のモノであることは疑いようがない。その証拠に、約束どおり押入れに設置されている。
「この箱に、彼女が言っていた力が秘められているのか。……。早速、使ってみようか……」
誠二は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
〈でも、本当に使ってしまってもいいのか? ヨーコが言っていたこと。そんなことが許されていいのか……〉
しばらくの逡巡ののち、誠二は決意した。
「よし、使ってみよう。一か八かだ」
深く呼吸をして一旦息を整えると、誠二は今日の午後の出来事をできる限り詳細に頭に思い描いた。
